第29話:遺物研究会
選択授業の見学を終えると、放課後となった。
続いては研究会の見学に向かうのだ。
研究会は前世でいう大学の研究室のようなものから、クラブ活動のようなものまで多岐に渡る。
「エクリオは遺物の研究がしたいんだよね? でもあれ?」
シイラが研究会の掲載されるパンフレットを見て首を傾げた。
「遺物研究会なんてないよ……?」
「いやいやそんなことあるわけ……うん、ないね」
ここでなら遺物の研究をしている人間の一人や二人いると勝手に思い込んでいた。
どうやら本当に研究会はないようだった。
しかしよくよく考えれば当たり前なのかもしれない。
変わり者の収集家がインテリアとして集めるくらいで、本来は使い道のないゴミと思われている物なのだ。 俺を含めピトや商人ヤマーダなど、たまたま遺物に強い興味を持つ人間と出会いすぎたせいで、俺の感覚は少しずれていたらしい。
「なるほど、そういうことね」
ここでようやく学長パトの忠告が現実味を帯びてきた。
ただでさえ不人気で、研究対象は使い道のないゴミ、そんな遺物を誰が研究したがるか。 加えて崇高な研究であるかどうかで差別があるとしたら、なおさら誰もやりたがらないだろう。
「どうするの? 近いところで言えば魔道具研究会やアーティファクト研究会があるけど」
「とりあえず見てみようかな」
どちらも近いようで遠い。
ジャンルで言うとアーティファクト――ダンジョンから持ち帰られた現代技術では再現できない武器や道具のこと――が近いだろうか。
しかし前世の知識と、魔改造スキルを使った結果遺物が魔道具へと変わることを考えると、魔道具を学ぶことも悪くはない。
俺たちは学校の校庭に向かった。
そこではたくさんのテントが張られ、そこかしこから必死な勧誘の声が飛び交っていた。
「まるでお祭りみたい」
フブキがそわそわした様子で言った。
テントでは各研究会の成果を発表していたり、武術系のところでは演武のようなことをしていたり、そして俺の目当てである二つの研究会は隣あった場所にあった。
「魔道具研究会では――」
「アーティファクト研究会は――」
色々話を聞いた結果、どちらに入ることもなかった。
魔道具研究会は新しい物を開発するというよりは、現存するものの構造を効率化してより良いものを作っていくというコンセプトだった。
この世界にない新しいものを求める俺の目的にはそぐわない。
アーティファクト研究会はそもそもアーティファクトがかなり高価なものである。
そのため研究したくとも手に入れらず、活動としてはアーティファクトの展覧会を見学したり、過去の文献からアーティファクトが作られた経緯を考えてみたりと、物作りではなく歴史系の研究会だったようだ。
「俺の最大の目的がなくなったんだけど……」
本気で学びたくて来たわけではないが、それでも唯一興味のあったものを奪われた気分で俺は肩を落とした。
「エクリオが研究会を立ち上げたらいいんじゃないかな?!」
「確か五人のメンバーと簡単な研究実績があれば立ち上げは可能だったはずだよ」
「自分でか……」
シイラとツナオに提案され、俺は思わず考え込んでしまう。
そもそも遺物研究といっても、俺にそこまでの情熱はあっただろうかと。
ピトは遺物の構造を解明して、現代の技術で再現したいと言っていた。
だとしたら俺がしたい遺物研究ってなんだろう。
「ちょっと考えるよ」
俺たちはその後、それぞれの気になる研究会を回ったが、結局最後まで俺は遺物研究のことが頭から離れないままだった。
〇
便利な遺物で暮らしを豊かにしたいのか。
それとも遺物を売って儲けたいのか。
ただバイクで駆け抜けた風が心地よかったことは覚えている。
トイレに感動するヒビキの顔。
クルーザーで楽しそうにはしゃぐアコの顔。
映画を見て感動していた村人の顔。
誰かを驚かせたり、喜ばせることができたときはいい気分になる。
「俺って意外とエンターテイナーじゃん」
誰の心にも人をあっと言わせてやりたいという悪戯心はある。
俺は自分が良ければそれでいいと思っていた。 しかし今世の人生において楽しかったこと、印象深いことを思い浮かべると、そこにはいつも誰かの感情を揺さぶられた表情があった。
「俺にあるのは前世の知識と、魔改造スキルだけ……これで誰かを、もっとたくさんの人を、世界を驚かせられたら――」
そう思い至った瞬間、俺の中でスイッチが入った気がした。
「俺の持てる全てを使って世界中を驚かせる……手始めはこの学園から始めよう」
そして次の日、俺はいつもの三人を集めて頭を下げた。
「遺物研究会を立ち上げたいと思う。 ゴミと言われる遺物の本当の姿を、学校中のやつらに見せつけて驚かせてやりたいんだ」
俺の個人的な感情しかない子供みたいな理由だ。
世界を平和にとか、困ってる人を助けたいとか、ゴミを有効活用とか、新しい技術発展のためとか、そんな崇高な理由は一切ない。 これは矮小かもしれないが、まぎれもなく俺の夢だった。
「僕は君を観察したいからね。 もちろん参加するよ」
ツナオは予想通り快諾した。
そうなればフブキもセットでついてくる。
「僕はエクリオがやりたいことがあるなら、それを絶対に応援するから! それに僕はすでに遺物の有用性を知ってるからさ……こんな面白そうなこと見逃せないよ」
シイラはそう言って俺の手を握った。
四人で固い握手を交わしたところだが、ここで一つ問題がある。
「さてもう一人の研究員だけど……誰か心当たりある人!」
俺の知り合いはあとアコとヒビキしかいない。
しかしあの二人が入ってくると、しっちゃかめっちゃかになりそうなので却下だ。
とはいえゴミと嫌煙されている遺物の研究会なんて入ってくれる人は見つかるだろうか。
とりあえず俺たちは放課後、昨日行った校庭で勧誘活動を行うことにするのであった。
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