第28話:授業見学と熱血教師




 俺はとりあえず気になった授業の見学することにした。


 魔法構造は一見基礎に思えるが、その内容はかなりハードである。

 

この世界に魔法とは魔物と戦うために人類が神から与えられた贈り物である、と考えられている。

 しかしこの授業では特殊なデバイスを通して魔法を観察、そして構造を理解して改変しよう、という信心深い人間にとってはひどく冒涜的な行いをするのだ。


「先生! 魔法を弄るのは禁忌ですよ?!」

「ああ、一般的にはね。 でも神を信じていない僕には全くもって関係ない話だ。 それにたとえ信じていたとしても神を裏切ることによって、世界のどこかで誰か一人を笑顔にできるなら僕は罪を犯すよ」

「狂ってる……」


 普通の学校であればこんなセンシティブな授業、研究は公には認められないだろう。 しかし自由を謳うこの学校ならではといった感じだ。


 教師の神を信じていない発言で、見学の生徒がざわめいた。 その中の幾人は教師へ理解のできない狂人を見るような視線を向けている。


「僕は何を言われてもこのスタンスを変えるつもりはないし、取り合うつもりはない。 宗教に興味はないからね……ついてこれない生徒は別の授業に行くといいさ」


 教師はこのような反応は慣れっこなのか、飄々とした態度で断言した。


「エクリオどうする?」

「面白そうだから俺は受けるよ」


 俺たち四人はそのまま授業に残った。 しかし教師に嫌な視線を向けていた人たちはぞろぞろと教室を出て行った。


 この授業は始まった時は超満員で、立ち見すらいたのに今は空席すらある状態だ。


「さてここからが本番だ」


 しかし教師は動揺することなく、むしろ清々したといった雰囲気だ。


「僕と魔法の深淵に迫ろうじゃないか」


 教師は悪い笑みを浮かべてそう言った。







「じゃあここからは別行動だね」


 シイラと別れ俺とツナオ、フブキはサバイバル食用研究会の授業に向かった。


 教室は本当にこれから授業が始まるのか、と疑うほどがらんとしていた。

 しかしただ一人たたずむどう見ても武術家といったガタイの良すぎる男が、教室に入ってきた俺たちを歓迎した。


「よく来てくれたな! ありがとう、おかげで今日は人に向かって授業ができるぞ!」


 人気のない授業だとは思っていたが、そこまでと思っていなかった俺は急速に不安になってきた。


「大丈夫だろうか?」

「……たぶん?」


 ツナオと俺がそんな会話を交わすが、悩む間もなく始業の鐘がなってしまった。


「では授業を始める――前に一つ尋ねたい。 君たちに夢はあるか?」


 そう言って俺たちを見る教師の表情はいたって真剣。

 ふざけているわけではないらしい。


「君には夢があるか?」

「私は自国をよりよくしていくことが責務だと思っております」

「それは夢とは違うだろう。 自分がやりたいことを聞いているんだ」

「それは……」


 ツナオが答えに困ると、教師は俺たちに視線を向けた。


「君は?」

「誰よりも強くなりたい」

「君は?」

「のんびりストレスのない充実した日々を送りたい」


 俺たちの答えに教師は大きく頷いて、ツナオに視線を戻した。


「これは授業内容とは直接関係ない話だが」


 彼はそう前置きして語った。


「夢を持て」


「人は生きる意味を求める生き物だ」


「しかし人に生きる意味なんてないだろ? 神様が教えてくれるなんてこともないだろう」


「そのことに人は普段気づかない。 だけどある日ふと気づいた時、人は無意味さに絶望し、虚しさに襲われる……死にたくなるほどのな」


「だから夢を持て」


「夢を叶えたら、次の夢を。 そうして鎖のように繋いで行ければ、日々は希望に満ちるんだ」


 抽象的でわかりずらく、そしてツナオやフブキのような若者には現実感のない話だろう。


 俺だって前世で生きた記憶がなければ「説教うざ」としか思わなかったはずだ。 しかし一度生と死を経験している身としては、身につまされる話だった。


 前世の頃、若いうちはなんでもないことが楽しかった。

 しかし年を経るにつれ楽しいことは減っていった。


 学生時代に感じていた「何かしなきゃ」という漠然とした焦りも、大人に連れて日常の忙しさに感じる暇もなくなる。 そしていつしか楽しいことではなく、必要だからやるだけ、義務だからこなすのが当たり前、そんな考えで行動ばかりするようになっていった。


 そして最後は家族に看取られ幸せで――


――それは一面で、心はどこか満たされないままだった。


 俺は何のために生きてきたのか。


 仕事をするため?


 愛する人に会うため?


 国という組織の歯車となるため?


 人生を終えて感じたことは色々あるが、一言で言えば「薄味」。


 夢を抱いても気づかぬ振りをして、


 湧き上がる情熱に正論でフタをして、


 死ぬ間際にあれも、これも、どんなバカげた夢も追えばよかったと後悔した――


――そんなことを俺はふと思い出した。

 

「こんなこと言っても鬱陶しいよな? でもいつか虚しくなった時、立ち止まった時、もしかしたらこの言葉を思い出して前に進むきっかけになるかもしれん。 まあオッサンの戯言だが頭の片隅にでも置いておいて欲しい」


 教師はそう言って何事もなかったように授業を始めた。


 俺の隣ではツナオが思考を巡らしているのか難しい表情をしていた。

 ツナオと仲の良いフブキはもちろん教師を睨みつけていた。


 ただでさえ人気のない内容の授業で、一日目からこれではこの講義を選択する生徒はほとんどいないかもしれない。


「先生!」


 俺は目立つことが好きなタイプではないが、聞かずにはいられなかった。


「先生の夢って何ですか?」


「聞いて驚け! 俺の夢は――





――世界平和だ!」


 熱血は好きじゃない。

 だけど授業内容も気に入っているが、俺は何よりこの教師を気に入ってしまった。


 この教師が実は食通や貧困者など、一部の間では食の探究者や食の勇者などと称えられる男であると俺たち三人が知ったのは、それからずいぶん後の話だ。





 


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