第21話:知識の館/山神と失敗





「これは……困りましたね」


 聖女にスマホの使い方をレクチャーし、そして知識の館から意識が戻ると開口一番そう言ってため息を吐いた。


「もしも悪用されればとんでもないことになっていたかもしれません」


 世の中は善人ばかりではない。

 もしも俺のように遺物を直せる者がいて、これを悪用したら場合によっては大きな被害が出るかもしれない。


「まさか禁じられた兵器の作り方を記した書物まであるとは驚きでした」


 危険と思われる書物はあらかた閲覧制限をかけたので、ひとまずは安心だ。


 その危険な知識を俺が持っていたわけではない。

 しかし遺物を直したことにより知識の館を生み出し、館と世界を繋いだという理由で、俺が収めた扱いになっていたので助かった。


「エクリオ君は悪用しませんよね?」

「はいっ! 絶対悪用しませんっ!」


 微笑んでいるのに、まるで凄むような圧力に俺は思わず背筋を伸ばした。


 それを見た彼女はくつくつと楽しげに笑うのであった。





「では出発します」


 朝、俺は聖女たちと共に船で聖なる獣の住む山を目指して村を旅立った。


 畑仕事に関しては、以前映画上映会に参加していた親子にお願いした。 代わりに帰ってきたら新しい映画を上映することが条件である。


「昨日は気にする余裕もありませんでしたが、この船は素晴らしいですね」


 聖女は船内をしげしげと眺めて呟いた。


「これだけの設備……失礼ですが私の泊めていだたいた家よりも充実しているのではありませんか?」


 確かに俺の家に風呂はないし、こんなふかふかのソファーもベッドもない。


 しかしあの家はあれで快適だし、なんだかんだ落ち着くのは船よりも家なのだ。


「ところでその聖なる獣はどんな方なんですか?」


 別に俺が会うわけではないが、単純にそんな不思議生物が気になるというただの好奇心による疑問であった。


「山神と呼ばれるそのお方は、人の姿をしているらしいです。 山の声を聞き、山となる――まさに山といったお方と聞いております」


 答えを聞いても正直何を言っているのか分からないが、そういうもんなのだろうと深くは考えなかった。 感想としてはまるで日本の伝承に在る神様のような存在なのかもしれない。


「見えてきました」


 そんな話をしたり、プールで遊んでいるうちに目的の山が遠くに見えてきた。


「では山頂付近で降ろします」

「はい、終わりましたら合図いたします」


 俺は聖女を山に下ろして、近くを遊泳しながら終わるのをのんびり待つのであった。



***



「神のお導きですね」


 一旦船から降りて、山を歩く聖女ハウナは命の恩人である少年を思い浮かべて微笑んだ。


 聖女のお勤めの中でも巡礼はかなり重要な役割である。 箱入りで育てられた聖女が世の中の様々を学び、そして聖なる獣にダンジョンを抑えてもらう。


 世界にとっても、本人にとっても大事な仕事だ。

  しかし各地を巡るというのは想像以上に過酷であった。 一部の聖女は道中で命を落とす、それほど危険なのだ。 


「人助けをして、助けられて、これが生きるということなのかもしれませんね」


 普段は聖女として民の不安に手を差しのべ、傷ついていれば癒してきた。


 しかし一度外へ出れば、助けられながらの巡礼の旅となる。


 国では神のような扱いを受けて勘違いしそうになるが、自分も人間なのだと再認識できた。 それは聖女にとってこの上なく嬉しいことだったのだ。


「私もみんなと同じ」


 才がない、学がない、特徴がないことがコンプレックスの人がいる。 しかし世の中には特別であることをコンプレックスに感じる人間もいるのだ。


『$℃€$¤¤¢(こんなところに人間とは珍しい)』


 脳に直接響くような不思議な声に聖女が振り向くと、そこには人のような何かがいた。


 体は木の表面のような皮をまとっており、頭からは無数のツルが垂れている。


「お初にお目にかかります。 第百代目聖女ハウナ・アダムイブでございます。 どうぞお見知りおきを」

『€₩$£(もうそんな時期か)』


 聖女に人のような何かーー山神は頷きながら、手を差し出した。


「ええっと……?」

『€€㎏(神に会いに来たなら供え物くらいあるんだろ?)』


 聖女は首から下げて、服の中に隠していた小袋を取り出した。 そしてそこから手品のように小さな酒樽を出して、山神に渡した。


 山神は無類の酒好きであり、かつての聖女も酒で協力を取り付けたなどという冗談みたいな話が教会では知られている。


 供え物はその年で一番の葡萄酒を、それも神の滴と言われる上澄みのみを集めて献上される。

 その味は天にも昇るほど、と言われているーーはずである。 しかし酒をひとなめした山神は顔をしかめて、聖女を睨み付けた。


『€$$¥(馬鹿にしてるのか?)』


 神の威圧に聖女は息をすることもできなくなり、その場にへたり込むのであった。


 そんな聖女に神は言った。


『\€££₩(今すぐ美酒を供えよ。 出来なければ盟約違反とする)』



***







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