第22話:ヴィンテージと魔法の酒瓶
聖女からの合図であろう上空に白い光が放たれたのを確認した。
しかし船で迎えに行くと、酒樽を持って顔面蒼白な聖女が座り込んでいた。
「えっと挨拶は無事終えたんですか?」
「……失敗しました。 実は――」
聖女の話を聞いて、護衛の騎士たちは顔面蒼白になった。 宗教的な教育を受けてこなかった俺には頭で理解はできたが、どうしても実感はわかない話だが。
とにかく神様は葡萄酒を気に入らなかったらしい。 原因は不明だが、聖女曰く今年のブドウは育ちが悪いと聞いたので、それかもしれないとため息を吐く。
とはいえ各神に供える貢ぎ物の作り方は決まっていて、葡萄酒はその年に取れた最も良質なブドウの上澄みを持っていくのが習わしなのだ。
「なるほど。 その習わしというのは山神様が言い出したことではなく、人間が決めたことなんですか?」
「はい、そうです。 かつての聖女様がその年の味を楽しんで欲しいと」
「ならまだどうしますか? とりあえず街に行きますか」
山神にとって酒はその年の味よりも、美味さが重要であったのだと思う。
それなら街でブドウが豊作だった年――当たり年のブドウ酒を探し出し、代わりに供えれば解決するかもしれない。
「はい、よろしくお願いします」
そんな一通り考えを説明すると、聖女の消えかかっていた瞳の光が戻ってきた。
俺は本来聖女と別れるはずであった街に、最高のブドウ酒を探すために船を動かすのであった。
「こちらが街一番の酒屋でございます」
街にある大きな聖女が来ると、すぐに奥へ通され司祭が対応してくれた。
そして案内された酒屋は街一番というだけあって様々な酒を取り揃えているようだ。
「こちらが当たり年でございます」
店主がそう言って出してきたのは、どれも数年から、数十年前の古いブドウ酒だ。 前世ではヴィンテージなどと呼ばれ価値のあるものであったが、この世界では新しいものが良いとされており古い酒は一部の酒好きが好んで飲む程度であまり一般的ではない。
「聖女様はお酒に詳しいのですね。 ブドウ酒は時間を置くと味わいが増す場合があります。 そしてそれはブドウが豊作であった酒がまさにそれなのです」
「そうだったんですね……ならばもしかしたら」
「山神様に喜んでいただけるかもしれません」
店主の言葉に聖女の表情が明るくなり、話を聞いて青ざめていた司祭も安堵したように息を吐いた。
「あの、すみません。 それは飾りですか?」
「ああ、あれは遺物ですよ。 中身は空でして……ただかぐわしい香りがするもので、つい露店で買ってしまいました」
俺が目を付けたのは、店主の後ろ側にある棚に飾られた酒瓶であった。
それはこの世界ものとは少し違った美しい滑らかなガラス製で、ラベルの文字は見慣れた日本語である。
「譲っていただけませんか?」
「はい、聖女のお勤めの一助となれればもちろん。 しかしこんなものが役に立つのでしょうか?」
「はい、おそらく」
俺は店主から酒瓶をもらい受け、その場でスキルを使った。
しかし一見酒瓶に変化はない。
「あれ、可笑しいな」
スキルの不発か、もしくは機械ではなかったから瓶が綺麗になって終わりなのか――そう思って手を触れると、
「おお……」
何もなかった瓶に湧き上がるように、みるみる液体に満たされていった。
「これは一体……?」
「俺のスキルでちょっといじらせてもらいました。 さて匂いは……ああ!」
何の液体か分からないので、恐る恐る顔を近づけると前世で嗅いだ日本酒のかぐわしい香りに俺は思わず口元を緩ませた。
そして借りたカップに日本酒を注いで、飲んだ。
「……美味い」
思わず呟いて、俺は飲み干しもう一度注いで店主にすすめた。
「とても美味しいですが、店主に味を見てもらいたいんですが」
「頂戴いたします」
店主は迷うことなく喉を鳴らした。 そしてほろりと涙を流した。
「まるで水のように透き通っているのに、がつんときます。 しかしフルーツのような香りもある。 このような酒もあるのですね……どれだけの技術と探求があればこのような高みにたどり着けるのか。 感動すら覚える美味しさです」
俺にはそこまで良し悪しが分かる舌がない。 しかし日本の酒をそこまで褒められると、自分のことではないのに少し誇らしくなった。
「私にも少し」
「私も」
「お願いします」
「もう一杯だけ」
その場にいる全員、興味が出たのか結局中身がなくなるまで飲みまくり酔いしれた。
「あ、ヤバイ」
俺は頭がぼーっとなる感覚に、自分が未成年であったことを思い出した。 しかし時すでに遅く、俺は気絶するように意識を失うのであった。
この酒瓶は、魔改造によってその者が一度飲んだことのある酒が湧く魔道具になっていたらしい。
俺が目を覚まし、聖女たちの酔いがさめたところで俺たちは当たり年のブドウ酒と不思議な酒瓶を持って再び山神の元へ向かうのであった。
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