第20話:聖女のお泊まり/スマホ
「そもそも私どもは巡礼の旅の途中だったのです」
この世界にはダンジョンがある。
そのダンジョンはかつての聖女によって遣わされた各地の聖なる獣によって、氾濫しないよう管理されているらしい。
そして聖女の大きな役目の一つとして、十年に一度各地の聖なる獣に挨拶をしなければならない。 それが巡礼であり、今回はその道中だったらしい。
「なるほど、日程などは決まっているのですか?」
「いえ、その辺は細かく決まっていないので遅刻したからダンジョンが氾濫するなどと言うことはないです」
「興味本意で聞きますが、もしも巡礼を中断した場合はどうなるんですか……?」
聖女は困ったような笑みを浮かべて言った。
「世界はダンジョンの氾濫によって滅びてしまうかもしれませんね」
想像以上に大事な旅であったことに、俺は思わず頬をひきつらせた。
「ならばできる限りの協力はしたいのですが、馬車は使えそうですか?」
「いえ、モンスターの体当たりで長旅には耐えられないでしょう」
「そうですか……ちなみに最低限どこまで行けば旅が続行可能になりますか?」
「この先、しばらく行った山に聖なる獣がいます。 そこを回って、ふもとの街まで行けば大きな教会がありますからそこまででしょうか」
ここから馬車で二日、歩きだと五日ほど先に聖なる獣のいる山があるらしい。
聖女たちは最悪歩きでも行くつもりらしいが、一度関わってしまったからにはサヨナラと放り出すのも忍びない。
「分かりました。 そこまで船で送りましょう」
「正直助かります。 普段運動などしないので、さすがに徒歩は辛いと思っていましたから……この恩は忘れません」
謝礼目当てではないが、聖女に恩を売れたことはきっと金貨では計れない価値があるはずだ。
スローライフは逃げるものでもないし、時間はあるのだ。 たまには世界を救う旅をするのも悪くないだろう。
「分かりました。 今日は狭いですが俺の家で休んでください。 明朝ここを出ましょう」
「ありがとうございます。 よろしくお願いいたします」
こうして俺の家に聖女のお泊まりすることが決定するのであった。
「船と家どちらが良いですか?」
さすがに見知ったばかりの異性がいては休めないだろう、という気遣いのつもりだ。
「休めればどこでも良いのですが」
聖女は旅慣れはしているのか、そんなたくましいことを言うので俺の一存で聖女たちは家で、そして俺は船と別れて休むことにした。
「これはなんですか?」
「これは電子レンジという遺物なんです」
「これはなんですか?」
「これは――」
俺の家には遺物、聖女にとっては未知の物がたくさんある。
聖女は意外にも好奇心旺盛なようで、目を輝かせていた。
「遺物がこんな便利なものであったとは! ではもしかするとこれにも使い道があるのでしょうか?」
「そ、それは……!?」
それは前世の世界では見慣れた手のひらサイズの四角いフォルム――そうスマートフォンである。
ただし画面が割れており、充電コードもないので使用できる状態ではない。
「これを一体どこで?」
「巡礼の途中で立ち寄った孤児院で子供からプレゼントしてもらったんです」
スマホは電波が無ければ使えない。 仮に使えたとしてもネットや連絡ツールなどはたくさんの人がスマホを利用していなければ無用の長物である。
しかしこれが魔改造によってどんな魔道具になるのか、俺は好奇心を抑えられそうになかった。
「もし良かったら使えるようにしましょうか?」
「できるのですか?!」
「できます」
俺は聖女に渡されたスマホに、緊張しながらスキルを使用した。
「少し確認させてください」
「構いません」
電源を入れると、画面が点灯する。
『使用者の魔力を登録いたしました』
「は?!」
「誰ですか?!」
スマホから機械音が流れて、俺は心臓が跳ねた。
「いえ、この遺物の機能みたいです。 大丈夫ですよ」
「中に誰かいるのですか?」
「もしかしたら精霊がいるのかもしれませんね」
俺は適当に聖女に答えながら、スマホの機能を確認していく。
アプリがいくつか入っていて、健康管理アプリ、音楽アプリ、マップアプリなど。
どれも使えるようだが、マップアプリはこれから巡礼する聖女たちにとってかなり有用だろう。 世界地図なんてものは見たことがないので、これを書き写すだけでも歴史に名を残せそうだ。
そんなヤバそうな機能の中でも、最たるものは検索機能だろう――使えれば、だが。
「どうですか?」
興味津々でたずねる聖女に答える余裕もなく、俺は検索バーをタップした。
「は?」
すると瞬きの間に、視界が切り替わった。
そこは図書館のような場所であった。
大きな窓から差すオレンジの光。
風に吹かれて揺れるカーテン。
そして心地よい静寂。
「いらっしゃいませ」
呆けている俺に、黒髪で着物を着たまるで日本人のような女性が声を掛けてきた。
「何かお探しですか?」
「ここは一体……?」
「ここは知識の館。 あなたが遺物にスキルを使用したことで生まれた特別な場所。 ここには世界がある。 さらにあなたが入室したことにより、地球の書物もいくらか増えましたが」
世界がある、曖昧な表現だ。
それがそのままの意味であればこの世界の全ての情報がここに書物となって収められているという意味にも取れる。
しかし俺がスキルを使っただけでそんなことになるだろうか。 一体誰が、どういう原理でそうなったのか。
とにかく一つ言えることは、これは俺の手には負えないということと、今後スマホの遺物を見つけても扱いは慎重にしなければならないということである。
「自身が収めた書物に閲覧制限をかけることもできますが、いかがしますか?」
そしてこの女性は一体何者なのか。
分からないことだらけだが、俺は意識が遠くなる感覚を覚えた。
「お帰りですか。 ではまたのご利用をお待ちしております」
女性の深々とした礼を最後に、景色が再び切り替わる。
「おい! 大丈夫か!?」
そこには手を振り切った格好の聖女と、俺の肩を揺さぶる騎士がいた。
「俺は一体何を……」
「お前は立ったまま気を失ってたんだ。 そして聖女様が、お前の存在が希薄になっていると言って」
「痛かったでしょう? ですが私も経験のない事態でしたので、少々野蛮な手段を取らざるを得ませんでした……申し訳ありません」
「いや、いいんですけど」
それよりも俺はこのスマホについて聖女にどう伝えるか、ということで頭がいっぱいであった。
「聖女様、この遺物についてお話があります」
今夜は何事もないと思っていたのに、予想外の大事に俺はまさに好奇心は猫を殺すだ、と頭を抱えたくなるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます