第8話:風呂を求めて






 畑を耕し、遺物を拾い、ピトの相手をするそんな平和な日々だ。


 限りなく理想に近い生活だ。


 しかし何かが足りない――


「そっか、風呂だ」


 伯爵家に居た頃は風呂があったが、ここの生活に慣れ過ぎて存在を忘れていた。


 しかし一度思い出すと入りたくてしょうがなくなる。


 そもそも俺の前世はお風呂大好き日本人なのだから。


「風呂? そんなもんに入りたいなんてリオは変わってるな」


 ピトの家に風呂に使えそうな遺物がないか相談に行くと、呆れた表情で言われた。


「お前、風呂ってめちゃくちゃ気持ちいんだぞ」

「ふーん……で、使えそうなものはありそうか?」


 こいつに風呂の良さを分からせたい。 そして「風呂に入れてください、二番風呂でいいので」と絶対言わせてやろうと俺は謎の誓いを心の中で立てつつ部屋を探す。

 しかし使えそうなものはなかった。


「ない……」

「そうか……まあ風呂って結局温めた水たまりだろ? あのエルフの魔法ならできるんじゃないか?」


 あまりに俺が落ち込んでいたように見えたのか、ピトが気遣わし気にそんな代案を出した。


 確かに風呂釜さえなんとか作れれば、魔法で風呂に入ることは可能だろう。 そもそも昔の日本では火で湧かしていたのだから。


 たまに入るならそれで良いだろう。

 しかし俺は毎日入りたいのだ。 そうなるとフェリに毎回頼むわけにもいかないし、一人で準備するのも大変すぎる。


 できれば遺物で手軽に入りたかった。


「落ちてくるのを待つしかない……か」

「そんなに欲しいなら買いに行けばいいんじゃないか?」

「買うってどこで? 一般的にはゴミ扱いされてる遺物を扱ってる店なんかあるのか?」

「あるぞ。 リオも収集家と知り合ってるんだろ? 大きな町ではオークションがあったり、後は働けない貧しい子供が道端で売ってることもある」

「なるほど」


 その話を聞いた俺はさっそくフェリに相談へ向かった。


「町へ遺物を買いに行きたいか」

「はい、なのでこの辺でおすすめの町があれば教えて欲しくて」

「畑はどうするつもりだ?」

「あ、すみません。 そうですよね……夢中で忘れてたけど、放っておくわけにはいかないですよね、そっか……」


 畑のことが完全に頭から抜けていた俺はため息を吐いた。

 せっかく手入れしている畑を放置するのは、俺自身が嫌だ。 とはいえみんな親切とはいえ新参の身で帰りがいつになるかも分からないで畑の手入れをお願いするのも申し訳ない。


「すみません、大丈夫です。 ありがとうございました」

「待て待て、別に行くなとは言ってない。 まあ畑は私が見てやるから行ってくればいいさ……ただその間、リオの家にある遺物を使っててもいいか?」


 フェリはレンジを使ってから、頻繁に俺の家で食事を取るようになっていた。 彼女のお気に入りは冷蔵庫で、酒を冷やして飲むのが好きらしい。


 家に見られて困るものもないし、畑を見てもらうのだからそれくらいお安い御用である。


「あ、そんなに気に入ってるならもし町でレンジか冷蔵庫見つけたら買ってきましょうか?」

「本当か?! いやしかし今、私はあまり金は持ってないんだよな……ちょっと待ってろ」

「いやいや、お世話になってますからタダでいいですけど」


 俺の言葉が聞えていないのかフェリは何かを探すようにタンスを漁り始めた。


「あった、あった。 私が作った収納袋だが、これと物々交換にしよう」

「袋ですか……」


 特に凝った装飾はない、簡素なナップサックだ。


「素人仕事だから見た目は大したことないが、一応魔道具だ。 生き物以外はなんでも、いくらでも入るからな」


 ただの袋かと思いきや、アイテムボックスだった。


 お礼にこんな凄いものをぽんっと出すなんて、フェリは何者なのだろう。 そもそも作ったとか言ってたけど、この世界では珍しくもないのだろうか。


 少なくとも伯爵家で俺が見かける機会はなかった。


「ありがとうございます! 絶対冷蔵庫と風呂見つけてきますから!」

「頼んだ! まあ急いではないから、無くても気にせず戻って来るんだぞ?」

「分かりました!」


 フェリはいい人だ。 そんな彼女が村長をしているから、きっとこの村の雰囲気は良いのだろうと思った。


 すぐに出発しようかと思っていた。 しかしもうすぐ行商人がやってくる時期らしいので、町の情報収集も兼ねて行商人の荷馬車に乗せてもらうのがいいとのことで、風呂はしばしお預けとなるのであった。


 




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