第9話:行商隊/トイレ





「よろしくお願いします」


 後日、村にやって来た商人イトーウにフェリが話をつけてくれた。 そして俺は風呂に使えそうな遺物探しの旅に出ることとなった。


「エクリオさん付いてますね~」


 商人イトーウは自身の荷馬車の後ろに付いてくる四台の馬車を指した。


「商隊ですから今回の旅は安全ですよ?」

「普段はこうじゃないんですか」

「ええ、いつも私一人で来ています」


 イトーウの荷馬車には二人の冒険者が付き、後ろに並ぶ馬車にもそれぞれ護衛の冒険者が付いていた。


 行商で遠出する際は、それぞれで護衛を雇う。

 しかし今回のような隊を組んでいる場合は誰かが危険になれば、それぞれ協力するという暗黙の了解が存在するので一人旅より断然安全らしい。


「しかし遺物を探してるんでしたっけ……? なかなか酔狂な趣味をお持ちで」

「でもオークションが開かれるくらいの価値はあるんでしょう?」


 これからこの商隊が向かう大きな町ではたびたびオークションが開かれており、その中には遺物が集められた遺物限定のオークションも開かれると聞いた。


「まあ物によっては金持ちの収集家が高値で買いますから。 しかし酔狂なことには変わりないでしょう……なんてたって飾る以外に使い道なんてありませんし」


 これが一般的な感覚なのであろう。

 地球の製品を馬鹿にされたとは思わないし、有用性を広めたいとも思わない。


 このまま不要なものと認識されている方が手に入れやすいし、遺物の恩恵は俺と周囲の人だけ受けられればそれで良かった。






 それからしばらく進み、商隊は日が暮れる前に野営のために開けた場所に停まった。


 食事は各々で済ませ、やることもないので俺たちは早々に眠りにつくこととなった。 しかしそこでふと俺はトイレに行きたくなった。


「イトーウさんちょっとお手洗いに行ってきます」

「分かりました。 私も行きます……危ないので荷馬車から離れすぎない茂みで済ませましょう」


 イトーウは茂みといっても炎に照らされる場所を指して「ここでいいでしょう」とズボンを下ろした。


 しかし俺は収納袋から、棺桶のような縦長の箱を取り出し、扉を開いた。


 その扉には見慣れた『W・C』の文字が記載されていた。


「じゃあ済ませてきます」


 口を開けて驚くイトーウを残したまま俺はトイレの扉を閉めたのであった。





***



「何も出てこないわね~」


 五つの馬車が連なる商隊は、モンスターや盗賊に襲われることなく順調に進んできた。


 昨日、一人飛び込みで人員が増えたらしいが見たところ面白い人間には見えなかった。


 黙っていれば傾国の美少女、しかし実際は誰にも手綱を握らせぬほどのさじゃじゃ馬王女アコ・ラララはつまらなそうにため息を吐いた。


「何か出ない方が良いに決まってます。 お楽しみは大国に着いてから、違って?」


 馬車内で向かいに座るこちらも美少女はロドド帝国皇女ヒビキ・ロドドだ。


 どちらもその国において超重要人物だが、なぜこんなありふれた商隊にいるかといえば目立たないためだ。


 兵隊で囲んで移動すれば安全だが、目立てば敵に狙われやすい。 それに公式的な訪問となると、道中通り道で媚びを売ってくるジジババどもの相手をする必要が出てくる。


 しかし彼女たちはそれを嫌がったので、こうして最低限の護衛と装備で平民を装っているのだ。


「まあ気楽なだけマシか」


 そんなことを言い合いながら二人はのんびりした旅路を楽しんでいたが、その日の夜彼女たちは馬車で眠っていた。


 しかし外の騒がしさで目を覚ました。


「……何? うるさいわね」

「モンスターでも出たのかしら? 良かったわね」

「だとしたらタイミングが悪すぎるわ。 ちょっと見てくる……」


 アコが念のため剣を持って外に出ると、騒いでいたのは商隊を組んでいた一人の商人とその連れだったらしい。


 モンスターや盗賊ではなかったことに安堵しつつ、アコは注意しようと彼らに話しかけた。


「ちょっと! こんな夜更けに騒がないでよ! 眠れないじゃない!」

「ああ、申し訳ありません」

「すみません」


 二人は素直に謝ったので、用事は済んだがアコは彼らが囲んでいる大きな箱が気になった。


「……それ、何なの?」


 すると商人が目を輝かして、その箱の扉を開いて見せた。


 中にあったのは真っ白い何か。


「椅子……?」

「これはお手洗いです」

「え?」

「トイレです」


 男二人で何を騒いでいるのかと思えば、トイレ――アコは「気色悪っ」と思わず呟いてしまった。


「とんでもない。 これは素晴らしいものですよ」

「はあ……?」

「こちらを見てください」


 商人に誘われるまま、アコの好奇心も密かに疼いていたので箱の中を覗き込んだ。


 彼はまるで持ち主かのように、このトイレの機能、尻を拭くための紙、尻を洗う噴水、そしてレバーを押すだけで水が流れ汚物が処理されるということを説明してくれた。


「いやいや! どんだけ高機能なのよ! ただのトイレにそこまでするなんて馬鹿じゃないの?!」


 どう考えても王城のトイレよりも快適そうだ。


 というか現代の技術で作れる物とは思えない。


「これがあれば旅の途中、茂みで用を足す必要がないんです。 いつでも、どこでも快適に用を足すことが出来ます」


 馬鹿だ。

 これを作った技術者も、この商人も、そしてこれを大金叩いて買った人もみんなバカすぎる。


「そう、良かったわね。 ただ遅いんだから静かにしてよ」


 アコはため息を吐きながら、そう念押しした。


 しかし話はまだ終わらなかった。


「今の話は本当なの?」


 いつの間にかやってきたらしいヒビキがトイレに視線を向けて言った。


「私に使わせてくださる?」

「ええ……」


 正直あまり興味のなかったアコは寝たかったが、ヒビキのどこか鬼気迫る雰囲気を感じて仕方なくことの成り行きを見守ることにしたのであった。



***




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