第5話:新居と理想郷
「着きやしたよ」
御者の声で目覚め、馬車を降りるとそこは日本の山奥にある集落のような長閑な光景が広がっていた。
「すげえ」
「そんじゃあ村長のとこへ行きやすよ」
馬車から村の様子を眺める。
畑を耕す人、走り回る子供、草むらで昼寝する青年、とはいえ貧困にあえいでいるようには見えず、誰しも生き生きとした表情をしているように見えた。
村の奥にある大きめの平屋、そこが村長の家らしい。
出迎えてくれたのは見目麗しい女性であった。
「ようこそ我が村へ。 客人と新しい住人を歓迎しよう。 私はここで一応村長を務めているフェザリード・エル・フルールという。 長ったらしいのでフェリとでも呼んでくれ」
彼女は気さくに笑って、俺たちを迎えてくれた。
「エルフだと?!」
冒険者の一人がフェリを見て驚いた様子で言った。
フェリの耳は長くとがっている。 そして髪は稲穂のような美しい黄金色だ。
確かに資料などで読んだエルフの特徴に一致するが、エルフはエルフ同士で森の奥深くで暮らしてるだとか、秘境で世界樹を守っているだとか、そんな風に言われていたはずだ。
「ああ、そうだ。 理由あってここで村長をしている……まあそんなことはどうでもいいだろう」
理由を言いたくないのか、それとも本当にどうでも良いのか分からないが、プライベートな内容のためそう言われては掘り下げることもできない。
御者たちは村長の家に泊まり、俺はこれから住む家までフェリ自ら案内してもらうこととなった。
「君はどういう目的でここに来たんだ?」
道中、フェリが真剣な表情でたずねてきた。
「細かい事情を根ほり知りたいわけじゃない。 私は村長としてここを守る義務があるからな。 可笑しな奴を住まわせるわけにはいかないんだ」
「分かりました。 簡単に言うとスローライフしたかったんです。 ストレスなく穏やかで、楽しく自由な生活を手に入れたかった。 とはいえ一人で山にこもるのは寂しすぎますし」
「はは、なるほど。 スローライフか……ならばここは最適な場所だろうな――
――改めて歓迎しよう。 ここが君の家だ」
認めてもらえたようで安堵していると、フェリが一軒の小屋を指さした。
「すまないな。 急だったので元々あった空き家になってしまった。 とはいえ中は綺麗に掃除したので安心して欲しい」
「いやいや用意してもらえただけありがたいですよ。 それに一人暮らしなので大きすぎても困ってしまうところでした」
「それじゃあ、今夜は歓迎の宴を開く。 迎えに来るからそれまではゆっくり過ごすといい」
フェリを見送って、俺は少し緊張しながら小屋の扉を開いた。
涼やかなドアベルの音と共に開いた扉の先は、ベッド枠とタンス、そして暖炉のある生活感のないこじんまりした部屋だった。
トイレは集落で共同、風呂はもちろんなく共同の井戸で水浴びするか川に入るか。
伯爵家で暮らしていた頃から比べて生活レベルは落ちたが、金とスキルの力でこれから自分の理想の生活を作っていくのだと考えるとワクワクするのであった。
○
日が暮れるとフェリがやって来て、俺は村長の部屋に通された。
リビングのテーブルにはすでに酒が並べられていた。
「ようやく主役が登場しやしたね!」
迎えてくれたのはこの村に俺と一緒にやってきた御者と冒険者、そして村の人間と思われる男女が三人いた。
「それじゃあ皆グラスを持ってくれ。 新しい仲間エクリオを歓迎する――
――ようこそ! 我らが村へ!!」
「「「ようこそ!!」」」
杯が当たる軽快な音と共に歓迎会が始まった。
「俺はこの店唯一の鍛冶屋ゴドルフだ。 壊れた農具の修理から、まあ大工仕事全般なんでも出来るから困ったら頼ってくれ」
背の低いひげ面の男は歯を見せて笑った。
「……私はこの村唯一の商店をやってるササーキです。 売りたい物、買いたい物の相談は私にしてくれたら時間はかかるけど用意します……」
ササーキは大人しそうながら、知的な雰囲気の美女だ。
「あたしは警備担当のミヤ! 夜トイレ行くのが怖かったら一緒に行ってやるからな! よろしくちびっ子!」
ミヤという少女は、耳と尻尾が生えている獣人だ。 かなりアホっぽいが獣人は総じて身体能力が優れていたり、嗅覚や聴力が優れているため警備というのは適材適所に思えた。
「俺はエクリオです。 得意なことは改造です。 十二歳ですが一人でトイレくらいは行けますので、どうぞよろしくお願いします」
ここにいる人物たちが村の主要人物なのだろう。
誰も彼もが良い人そうな人柄がにじみ出ていて、嫌な人はいなさそうで一安心である。
「エクリオの今後については少しずつ相談していく。 しばらくはここの暮らしに馴染めるよう頑張ってくれ。 無理だけはするな……最悪私が全部なんとかしてやる」
そして自己紹介はフェリの力強い言葉で締めくくられた。
それから代わるがわる村人が挨拶をしにやって来る。
「どうだ、この村はいい村だろう?」
「はい! ここに来て良かったです!」
居心地の良すぎる雰囲気に俺はなぜかこぼれそうになる涙を堪えながら、フェリに頷いた。 そして空が明るくなるまで村人たちとバカ騒ぎするのであった。
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