第2話:天罰と末路/新天地へ



***



「これで清々したな」


 伯爵家当主はまるで息子がいなくなったことを祝うように高価な酒を呑んだ。


「父さん」

「おお、よく来たな。 我が息子よ」


 そこに現れたのは妙齢の女性と、一人の男の子だった。


 当主は近寄ってきた息子を膝に乗せると、嫌らしい笑みを浮かべる。


「悪魔は追い出した。 これで名実ともにお前は私の息子であり、嫡男となる」

「はい、ありがとうございます」


 女性は第二婦人であり、当主は事故によって亡くなった第一婦人と結婚する以前から関係のあった女性であり、身分の関係で第二婦人となってた。


「これでようやく私も第一婦人ね」

「ああ、遅くなってすまない」

「いいのよ」


 本当に愛している女性と、聞き分けの言い息子。

 これで全てが思い描いた通りになったと、当主は追い出した息子のことなど忘れて明るい未来を夢想するのであった。


 しかし――


――それからしばらくして領民による反逆が始まった。


「火が回ってきております。 早くお逃げください」


 眠っていた伯爵は叩き起こされて、訳も分からぬまま屋敷から避難した。


「そんな……バカな……」


 そして目の前の光景――屋敷が炎に包まれて崩れ落ちていく様を呆然と見つめていた。


「あなた?!」

「父さん!」

「おお、お前たち無事で良かった!」


 現第一婦人と息子の無事を喜んでいた当主へ、鋭い声が掛けられた。


「おい、この人でなし!」


 振り返るとその声の主は、ボロボロの服を着たやせ細った男であった。


「人でなしとは私のことか……?」

「ああ、そうだ! 俺たちは奴隷じゃねえ! 俺たちはお前を殺して生きるんだ!」

「一体何を言っている? お前らは生きているんじゃない。 生かされているんだ」


 不思議そうにそう言った当主に、男は理解できない奇妙なモノを見る視線を向けつつ後方へ合図した。


「こいつはやっぱり悪魔だ! 俺たちの生きる権利のため戦おう!」

「俺たち……だと?」


「「「「「「おおおおおおお!」」」」」」


 後ろの暗がりから地響きのような声が上がり、屋敷の爆発によって生じた光によって殺意に満ちた領民の集団が姿を見せた。


「殺せ」

「殺せ」

「殺せ」

「殺せ」


 当主は呪詛に怯えた婦人と息子を突き飛ばし、自分だけ逃れようと走り出した。


 しかし逃げ道を司祭が塞いだ。


「おお! 司祭! 私を助けろ! お前には色々良くしてやっただろ?」

「承知しました」


 司祭はにこやかに当主へ近づき、唐突に取り出したナイフで足を切りつけた。


「あああああ! 何をする??! 痛い痛いあああああ」

「逃げても無駄ですから。 早く観念した方が、苦しみも短くて済みますよ」

「お前えええええええええ」


 倒れ伏した当主は憎しみのこもった視線で司祭を睨みつけるが、司祭は首に下げていたアミュレットの鎖を引きちぎり投げ捨てた。


「もはや神に許しは乞いません。 あなたを必ず地獄へ道連れにします」

「ひ、ひぃっ?! ゆ、許し――」


 それから当主は殺してくれと懇願するまで、領民にリンチされ、


「ごめんなさいごめんなさい」


 謝罪を繰り返しながら殺されたのであった。


 当主が亡くなる直前、ふと浮かんできたのは小うるさい進言をしてきた元息子だ。


(私が間違っていたのか……)


 そして領民たちは勝利したことを喜んでいたが、そこに司祭の姿がないことを気にする者はいないのであった。

 


***



「森を抜けたぞ」


空が白み始めた頃、俺は森を抜けた。


「さてどっちに行こうかな……その前に荷物確認するか」


 これからそれなりに長旅となる。

 この袋の中身次第で、旅の難易度が変わるだろう。


「保存食と水袋、金とナイフと地図。 そして経典か」


 最低限必要なものは入っていた。 その中に経典を入れる当たりさすが司祭だ。 辛いときや、困ったらこれを読めということだろうか。


「ここから左へ行くと王都、右へ行くと帝国、真っすぐ行けば大国……とりあえず王都以外にしておこう」


 しばらく進むと街道に出たので、俺は地図を頼りに行先を考える。


 王都は知り合いに会う可能性を考えて無しだ。 俺は誰も知らない、知られていない新天地が良かった。


「よし、決めた」


 俺は大国を目指して進むことに決めて歩き出した。


 聞きかじった噂だが帝国は強力な戦力と規律を重んじる実力主義であり、大国はいい意味で緩く自由なお国柄らしい。


 大国では雑多な人種が入り乱れ、広大な土地と恵まれた資源によって栄ており、その人口や集落の数は国自体が把握できない程に多く、点在している。


 ここに紛れてしまえば、俺はもう誰にも見つからないし、ばったり出くわすことも無いだろう。 場所によっては身分を明かさずに済みそうでもあるし。


 そんな安直な理由で俺は大国に向かった。





 目標は大国とはいったもののまだまだ先の話だ。


 途中の集落に住みながら飢えをしのぎ、資金を蓄え、足を手に入れる必要がある。


 馬か、船か。

 歩きで大国まで行くとなると途方もない時間がかかる。 それこそ何年と。


 そして俺みたいな子供が稼ぐにはまず洗礼――十二歳となった男女がスキルを授かる儀式――を受けることが重要だ。


「すみません、ここに教会はありますか?」


 しかし集落には基本的に教会はない。 そこそこ大きな町でないとなく、小さな集落は年に一回ほど巡礼でやってくる司祭にまとめてお願いするか、路銀をはたいて町まで行くしかない。


 俺がやってきたのは教会があるか微妙な小さな町だった。


「ああ、あるよ」

「やった! ありがとうございます!」


 道中、一発目の町で教会があったのはラッキーだ。


 俺はさっそく教会に向かった。 そしてお布施を払い、洗礼を受けた。


「君のスキルは――」


 司祭の言葉と共に頭に浮かんできた。


――魔改造:在るものを改造し魔道具へ変える。


 この世界において魔道具とは一般的な道具だ。


 もしも他の人がこのスキルを授かったらハズレだと落胆するかもしれない。 しかし俺にとっては間違いなく有用なスキルと言えた。


「どうか強く生きてください」


 司祭の痛まし気な視線と、哀れみの言葉をなんとも気にせず俺は浮かれた気分で町の外へ向かうのであった。






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