小国の悪役貴族の息子に転生したけど、魔改造スキルで直した遺物を駆使して、田舎でのんびりスローライフするはずが大国や帝国のお偉いさんが放っておいてくれません

すー

第1章~追放+新天地は田舎村+王女と皇女~

第1話:追放と旅立ち




「父上、もう領民を苦しめないでください」


 異世界の伯爵家嫡男として転生した俺は、父に向って懇願した。


「領民を苦しめるか……ふっ」


 鼻で笑う父は女を侍らせ、祝いで出るような豪華な食事を頬張った。


 父は貴族らしい貴族だ。 それはもちろん悪い意味で、だ。


 領民は人ではなく自分のために全てを捧げる奴隷としか思っていない。 伯爵家という家すらも自分のプライド満たすためだけのものであり、由緒ある家を守らねばと、より繫栄させようなどという気持ちは微塵もないように思えた。


 裏では犯罪まがいの行いを犯していることを俺は掴んでいた。


「父上! 領民はあなたの道具ではない、人です。 近頃、他領に逃げ出す者も多いと聞きます。 このままでは誰もいなくなり、伯爵家を衰退させた罪人として国に裁かれるやもしれません。 お願いですから、どうか今後を見据えて――」


 まるで悪役貴族のような男だが、そうは言っても父親だ。 できれば見捨てたくはない。

 好きかと聞かれれば否だ。 しかしまだ言葉を重ね続ければ心を入れ替えてくれるんじゃないか、と俺は淡い希望を持っていた。


「お前のようなガキに何が分かる? 小うるさいハエが」

「ハエ、ですか……」


 確かに俺はもうすぐ十二歳が、まだまだ子供だ。


 しかし実の我が子をハエ扱いとは酷すぎやしないだろうか。


「前々から思っていた。 お前は幼少の頃より子供離れした――異様に知恵が回っていた」

「……それがなんだと言うのです」

「お前、人間ではないな? あまつさえ父に逆らうその所業見捨てておけん」


 この世界では悪魔付きというおとぎ話が一部では信じられている。

 つまり父は俺に悪魔が付いていると言っているのだ。 転生しているので、ある意味遠からずではあるが、彼は俺を悪者にして自身を正当化するために思い込んでいるに過ぎない。


「司祭」

「はい」


 父が呼ぶと、現れたのは伯爵家の教会を取り仕切る初老の男だった。


「こいつは悪魔付きだ。 間違いないな」

「はい、間違いありません」

「そんな……?! 何を証拠に??!」

「証拠などいらん。 私がそう言って、司祭が認めればそれが事実となる。 この領では私が王なのだ」


 たとえ自分の領だとしても王を名乗るのは、国家転覆罪に当たるかなり危うい言動である。 さすがにそんなことを考えているとは思いたくない。


「お前はこの伯爵家から永久に追放とする。 家名を名乗ることも禁ずる。 司祭、連れていけ」

「……承知いたしました」

「父上! 待ってください! こんなの可笑しい! 俺は悪魔付きではないし、このままでは本当にこの伯爵家は――」


 司祭に腕を掴まれながらも叫ぶと、父は懐から取り出した短剣をダーツのように投げた。 それが俺の頬をかすってカランと渇いた音を立てた。


「外れか。 残念、悪魔退治失敗だ」


 そう言って嫌らしくほほ笑む父に、俺は怒りを通り越して、悲しくなった。


 ここで過ごした十数年の時間はなんだったのか。

 父を想って進言してきた言葉はなんだったのか。


 ただただ全てが虚しかった。


「行きましょう」


 俺は司祭に逆らうことなく、しかし力ない足取りで住み慣れた伯爵邸を後にするのであった。





「俺はこれからどうなるんですか?」


 司祭に連れられて教会にやって来た。


 そしてその地下に降りていくと、まるで罪人をするような牢がずらりと並んでいるうちの一つに俺は無理やり入れられた。


「質問には答えられない。 その時が来るまでここに居てください。 逃げ出そうなどと考えぬよう」


 司祭はそれだけ言って、去って行った。


「俺、どうなるのかな……」


 日本でも、そしてここ異世界であっても悪魔と言えば火あぶりだろう。


 あの人の心を持たぬ父のことだ。

 処刑のついでに自分の罪もついでに被せて、一石二鳥くらい考えていても可笑しくない。


「せっかく転生したってのに何やってんだろ」


 この世界に転生して俺はまだ何も楽しいことをしていない。


 あんな父、あんな家見捨ててさっさと冒険にでも出れば良かったのだ。 そうすれば今頃、前世で思い描いていた自由で刺激的な楽しい日々が待っていたかもしれない。


 少なくともこんな冷たい場所に来ることも、火あぶりになることもなかっただろう。


 俺の中にかすかにあった父への情は、あの短剣を投げられた瞬間に消え去っていた。 しかし遅すぎた。


「もしも――」


 一からやり直せたら、そんな意味のないことを考えた。


――どこか、身分も関係ない場所で、のんびり暮らしたい。


 そんなことを思いながら、俺は精神的な疲労が溜まっていたのか固い鉄格子に寄り掛かり目を瞑るのであった。


――――


――


「起きてください」


 体を揺さぶられて、俺は目を覚ますとそこには司祭がいた。


「俺はこれから処刑ですか? 火あぶりですか? 水攻めですか?」

「はい? そんなバカなことを言っている場合ではないのです。 急いで付いてきてください」


 鉄格子から差し込む月明りが、司祭の焦った表情を映し出す。

 俺は司祭に連れられて地下を出た。


 そしてやって来たのは伯爵領の境にある森の入り口である。


「えっと」

「私はとあるお方よりあなたを殺すようにと命じられています」


 司祭はそう言いいながら、中身の詰まった袋を俺の足元へ放った。


「しかしそれよりも前に、今は亡きあなたの母よりあなたのことを救って欲しいと頼まれていました」


 物心つく前に事故死した俺の母は、司祭曰く父とは正反対の領民に優しい聖母のような人物であったらしい。 彼女は父をなんとかまともにしようと努力し、そして私財を投げ売った金で領民に炊き出しなどを行っていた。


 そんなある時、母が司祭に「いつか息子が危機に陥った時、手を貸してあげて欲しい」と頼まれたことがあったらしい。 そして母はその言葉を伝えてすぐに亡くなった、ということがあったらしい。


「あなたはあの方と違って、お母様に似た優しい男の子となった。 故に私はお母さまとの約束をここに果たします」

「……あなたは父の言いなりなのかと思っていました」

「生きるために、そしていつかこの腐った世界を変えるために皮を被っていたに過ぎません」

「世界を変える……?」

「そう、我々は間もなく反逆ののろしを上げるつもりです。 そういう意味ではあなたが追放されたことはタイミングが良かった……心優しい男の子が戦火に巻き込まれるという悲劇はなくなったのですから」


 司祭の言葉に俺の中で迷いが生まれた。


 この話が本当だとして、俺はこのまま逃げていいのかと。 父が悪だとして、俺にも罪があるのではないか、領民と共に戦うべきではないか、たとえ命を賭したとしても。


「おやめなさい」


 司祭は俺の考えを読んだように、首を振った。


「私たちがこれから行うこと、それもまた罪なのです。 あなたが背負う必要はない」

「でも」

「悪人の息子は悪ですか? あなたが考えている行いは自己満足であり、何も生まない。 私たちも、何よりあなたのお母様も望んでいないでしょう」


 俺は司祭の言葉に何も返す言葉がなかった。


 それに何より俺は生きたかった。


「分かりました」


 我ままと、無責任とののしられても構わない。


 俺は袋を背負って、司祭に頭を下げる。


「感謝します。 ご武運を」

「良かった。 良い旅を」


 スッキリはしない、しかし確かな足取りで俺は暗い森へと歩みを進めるのであった。






 

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