1-4 砂糖の包み

「誠に遺憾いかんながら、陛下は本日は、皆様方にお会いになることがかなわなくなりました」


 部屋に入り、扉のところに姿勢よく立った侍従じじゅうの青年は、ごく丁寧な口調でアイリーンたちにそう告げた。


「なんですって?」


 侍従の言葉にまず立ち上がったのはレイチェルだ。


「どういうことなの? 説明して」


 詰め寄るような調子で言うが、青年は、ゆるやかに首を振った。


「陛下はお忙しいのでございます。皆様方には、どうぞご理解くださいますよう、お願い申し上げます」


「そうは言うけれど……でも」


「それぞれお部屋をご準備いたしましたので、これからご案内させていただきます。お食事などもそちらへお運びいたしますので、今日のところは、ごゆっくりおくつろぎいただければと存じます」


「わかりました。――それで、陛下にはいつお会いできるのかしら?」


 そう問うたのはオリヴィアだ。侍従はそちらへと身体を向けると、軽く腰を折って、目礼するように視線を伏せた。


「明日には対面がかなうよう努める、と、そうおおせでございました」


「そう……」


「皆様には、長々とお待たせすることになり、申し訳ございません。――さあ、あなたたち、御令嬢方をお部屋へご案内してさしあげなさい」


 青年がそう合図すると、彼の後ろに控えていた侍女じじょたちが、それぞれにかしこまった。おそらくアイリーンたちを部屋まで案内し、その後、世話をしてくれる者たちなのだろう。


「今日はお会いできないなんて、残念だわ」


「ご多忙でしたら、お邪魔をするわけにもまいりませんものね。さ、みなさま、参りましょう」


 ソフィアとオリヴィアとか口々に言い、侍女に伴われて部屋を後にしていく。


「なによ。早く到着のご挨拶だけでも申し上げたかったのに」


 レイチェルはまだ不満げだったが、それでも最後には仕方がないとあきらめたのか、しぶしぶのていで引き下がっていった。


「あの……」


 最後になったアイリーンは、侍女に促されて部屋を後にする直前、扉の前に立つ衛士えいしの青年に声をかけた。


 アイリーンたちがテーブルでお茶をしている間、ずっとそこに直立し続けていた人物である。こちらの雰囲気を壊さぬようになのか、物々しい気配こそうまく消していたが、そのひとみはずっと、油断なくこちらを見守り続けていた。つまり、皇帝の正妻、皇妃の候補である自分たちの警護役を務めてくれていたということだ。


「あの、ずっと、見張りをありがとう。――あのね、お願いしたいことがあるのだけれど」


 アイリーンがそっと耳打ちするように言うと、彼はわずかに身を屈め、アイリーンと視線を合わせてくれた。


「わたくしに何かご用でしょうか、お嬢様」


 騎士は人好きのする笑みをくちびるにく。その笑顔に、アイリーンは、ほ、と、安堵の息をもらした。


 こちらを見る衛士の、そっとすがめられた眸は、つややかにきらめく黒曜石のようだ。陽の光に透けるとほのおにも似た色に見える赤銅色の髪が印象的で、蜂蜜はちみつ色の肌がいかにも健康的な、精悍せいかんそうな青年だった。


(おはなしに出てくる騎士様も、きっとこんな感じなのね)


 きりりとした、意志の強そうな眉。端正に整った、くっきりとした顔立ち。


 その容貌は全体としてオリヴィアやレイチェルと似通った雰囲気があったから、皇国でも、南部出身の人だろうかとアイリーンは予想した。


 それぞれの貴族領などでは、ほとんど、その土地の出身者しか見かけることはない。だが、直轄地である中央の皇領には、各地から人が集まるのだと聞いていた。


 彼もそうか、あるいは、そういう人たちの血筋を引いているのかもしれない。


「あのね」


「はい」


「もしもあなたに、町医者とか、そういう方の知り合いがいたらでいいんだけれど……これを、その人に差し上げてくれないかしら?」


 アイリーンは手の中の包みを青年騎士に手渡した。


「これは?」


「お砂糖よ」


「おや、お嬢さまのお茶にと、添えられていたものでしょう? お入れにならなかったのですか?」


「ええ……だって別にお砂糖がなくったって、お茶は飲めるもの。でも、お砂糖って、薬にもなるでしょう? どうしても必要だって人が、皇都には、ほかにいると思って……ほんの少しだけど、ほんの少しでも役に立つならって」


(もしかして、さかしらなことをと思われるかしら)


 アイリーンはどきどきしながら言って、相手の反応を待った。


 衛士の青年はアイリーンの言葉を聴くと、印象的な黒眸こくぼうをそっとすがめ、ふ、と、口許をゆるめた。


 それから、アイリーンから受け取った包みを、懐ふところへと大事そうに仕舞い込む。


「たしかにうけたまわりました。やさしいお嬢様のご期待に添えるよう、わたくしにできるかぎりのことをすると、ここにお約束いたします」


 胸に手を当て、騎士が誓いを立てるときのように、うやうやしく言ってくれる。


 その瞬間、つやめく黒曜石の眸に真っ直ぐに見つめられて、アイリーンのちいさな胸は、すこしだけどきりと鳴った。


「あ、ありがとう」


 衛士の答えに、目をまたたきながら、言う。


「よろしくおねがいします」


 相手に向かってぺこりと頭を下げてから、アイリーンは、扉の外で待っていてくれる案内の侍女のもとへと急いだ。


「アイリーン・トレノエルか……なるほど」


 後ろで青年騎士が、に、と、口角を持ち上げたことを、すでに背を向けていたアイリーンは知るよしもなかった。

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