#35

 全てを明らかにしてくれたキングはグラスに残ったワインを一気に飲み干して「もう一杯、どう?」と俺におかわりを促す。この上ない折角のキングの誘い、だがこの宴の場に浸ってばかりもいられない。


 このままこれ以上は何も聞かずに、この状況から逃げ去ることは簡単だ。ギターを渡して「お疲れさま、ではお先に失礼」と言ってしまえば済む話。だがコーチンとキングのストーリーに、もう一人の女が登場した時点で、俺はもう観念している。


 俺はあの文字のことを口にする。


「ここに、アルファベットで三人の名前が書かれているのは、知ってますよね」


 フロントピックアップを指差す俺。一瞬、無言になるキング。


 突然思い出したかのように「あの文字のことか」とキングが反応を示す。


「ここには三人の名が書かれている。俺とコーチンとミサキだ」フロントピックアップを差して、キングが言った。


「先頭の文字はMISAと書かれていたけど、やっぱりミサキ……か……」


「KINGのKIの文字を重ねているんだ、そのほうが見栄えがいいだろ? そう、ミサキだよ。苗字はもう、忘れちまったな」


 MISAKINGKOCHINE


 俺の心臓がゆっくり、そして大きく鼓動する。


「ミサキはコーチンとの関係がとっくに終わってたけど、介護だったかな? 資格を取って、病院でほぼ専任でコーチンの面倒を見続けてくれたらしい。最後に礼ぐらい言いたかったけど、消えていなくなっちまった。病院に問い合わせたけど、個人情報が、とか言いやがって何も教えてくれやしない。もう、会えないだろうな」


 このギターが俺の元に届けられた時、美咲は「いつまでも過去の思い出に浸っていちゃ、駄目よ」と言った。それはキングにも、ミサキにも、当てはまることだ。




 キングと二人きりの甘美な宴の時はあっという間に過ぎ去り、丁寧なおもてなしに対する礼を告げて俺は店を後にする。


「まだ時間があるから、俺はもう少し飲んでいく」キングはそう言って、ソファに座ったまま右手を軽く上げた。キングらしい別れの挨拶だった。

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