#34
「このギターはあなたが作ったんですか」
「いや、俺じゃない」
「……あなたはGTDギター製作学院に在籍してましたよね?」
「なんだ、知ってんのか……俺があの専門学校にいたのは三か月だ。口うるさい講師をぶん殴っちまったからな。その程度の知識じゃここまでのものは作れない。これはその学校の同期だった女に作って貰ったんだ」
「女が……」
「『バンドに引き入れたいギタリストがいる、そいつにプレゼントしたい』ってオーダーしたら、飛び切りの一品を作ってくれたよ。コーチンもえらく気に入ってくれて、俺のバンドへの引き抜き工作も上手くいった。誤算だったのは、その女が俺の元を離れてコーチンとくっ付いちまったことだ。あれは本当に、俺の人生で最悪の出来事だった」
中道君が推理をして俺も同意をした「製作者=キング」という等式が脆くも崩れ去る。そして新たに判明した女の存在。これはもう、避けて通るなんてできないな、と観念する。
「いわゆる『あげまん』ってやつだ。その女とコーチンがくっ付いてから俺たちのバンドは破竹の勢いだったよ、それがDECOYだ。コーチンがその女をギターテックとして雇ったから、公私とも四六時中、あの二人は一緒だった」
中道君が指摘した通り、プロのミュージシャンが使う機材としては失格、だが自分が制作したギターだから特徴も癖も全て把握済み。その女のメンテナンスはきっと完璧だったにちがいない。
「からだ中の筋肉が萎縮して、ついには喋れなくなっても、その女はコーチンの面倒を見続けてくれてね。その女から『コーチンがいよいよ危ない』と事務所に連絡があって、みんなで病院へ駆けつけたら、女はもういなかった。そして病室にあったはずのギターも一緒に消えちまってた」
「その女性から、俺の元にギターが送られた……」
「あいつがなぜそんなことをしたのかは、未だによく分からない。コーチンの形見なら、自分の手元で大事にすりゃいいのに。コーチンの生前の意思だったかもしれないけど、今となっちゃ、誰にも分からない」
「それで……あなたは懸賞金をかけて探したのか」
「コーチンのギターは珍しいから、マニアの手に渡ったらもう二度と出てこないと思って、早目に対処したのさ。事務所の連中が勝手に盗品扱いにしたのは腹が立ったけど。コーチンの死因を病死とするかで揉めたから、懸賞金のほうが先に発表されちまったんだ。結局、奴の生前の意思を汲んで病気は隠して『自殺』ってことにしたけど」
「そうだったのか……」
「安田さん、あんたには感謝の言葉しかない。見知らぬ誰かがこのギターを持ち続けるなんて、俺には耐えられない。まして、転ヤーやマニアの間での取引なんて、考えただけでも反吐が出る」
ギターの転売を副業にしている俺に、キングの感謝の言葉が突き刺さる。
俺はただ偶然にコーチンのギターを手に入れて、それをキングに引き渡しただけ。キングがコーチンへプレゼントしたギターなら、キングの元へ帰っていくのが正しい道筋だと、俺は信じるしかない。全く金にはならなかったが、ギターを人から人へ転がしただけでこんなにも得られるものがあるのなら、転ヤー冥利に尽きるというものだ。
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