#33

「俺の歌にそれほどの価値はないか……コーチンは自殺なんかしちゃいない、病気だった。もう何年も前からずっと」


「病気で死んだのか……」


「そうだ……コーチンの様子がおかしくなり始めたのはDECOYの活動末期のツアーの最中だった。奴がやたらとステージで転ぶから、オフの日に病院へ行かせたんだ。検査で病気が判明して『現在の医療では進行が止められない』とか医者が言いやがって、そのままコーチンは入院。その後すぐにDECOYは解散した」


「えっ? DECOYの解散の理由は……」


「ツアーの最中にメンバー同士が大喧嘩をして解散、だったかな。コーチンが顔面に怪我をして入院、っていつのも付け加えた覚えがある」


「違うのか……」


「即興の作り話にしては出来が良かった。あんたもそう思わないか?」


 DECOYは人気絶頂のさなか、ツアーの最終日を待たずに突然ホームページ上で解散を発表した。メンバーや所属事務所から解散理由が語られることは決してなく「メンバー同士が殴り合いの喧嘩をした」という風の噂を、誰もがみな鵜呑みにした。


「コーチンのプライドが高いのは知ってるだろ? 病気を公表したくないから、極秘に入院して必死にリハビリに励んでたよ。『またステージに上がってやる』って奴はいつも言ってた。でも下半身から徐々に筋肉が萎縮をし始めて……幸いギターはまだ弾けたから、このギターを病室に持ち込んで曲作りだけは続けていた……解散後にソロ名義で出したアルバムが一枚あるのは知ってるよな?」


 もちろん、と頷く。バンド解散後のソロ一枚目だ。ファンなら知らないわけがない。


「あのアルバムでコーチンはギターなんて弾いちゃいない、病室で作った曲を提供しただけ。スタジオでギターを弾くだなんて、そんな状態じゃなかった」


「……うそだろ……じゃあ、誰がギターを?」


「コーチンのコピー野郎なんて、どこにでもいるだろ? そのうちの一人に大枚をはたいて弾かせたんだ。『誰かにバラしたら殺す』って脅しておいたけど」


 コーチンの解散後にソロ名義で発表したアルバムは、元DECOYのネームバリューやゲストボーカルの豪華さもあって、アルバムチャートの上位に暫く留まった。だがライブツアーが行われることは決してなく、当時の俺のフラストレーションは爆発寸前だった。


「あのアルバムを買ってくれたファンには感謝をしている。全曲をコーチンが作詞作曲したから印税がたんまり入って、そのままコーチンの入院費用に充てることができた。ツアーがないことを悪く記事にしたアホなライターが二人ほどいやがったから、事務所の力を使って干してやったよ……ざまあみろだ」


 記憶を辿って当時の回想をし始める。ソロアルバムの音楽雑誌のレビューはどれも絶賛で、ファンはみな、ツアーの発表とチケットの発売を待ちわびた。だがいつまで待ってもその気配はなく、音楽評論家からの辛辣なコメントがどこからともなく漏れ聞こえてくる……と、何かに違和感を覚え始める。何かがおかしい、と思った刹那、俺の脳裏に電気が走った。


「それじゃあ、薬物疑惑って……」


「あれはギターさえも弾けなくなった頃に『薬物使用を仄めかして活動停止にしてくれ』って奴のほうから提案してきたんだ。あの頃はまだ自分の口で喋れたから『ミュージシャンの活動停止にはクスリが付きものだろ?』って言ってぎこちなく笑ってたよ……他のメンバーと口裏を合わせて、俺が週刊誌に情報をリークした。コーチンのファンから、俺は相当嫌われたみたいだけど……まあ、上手くいったよな」


「……俺は、あなたのことが……嫌いだった」


「それでいい。全てが上手くいった証拠だ。この上ない、最高の気分だよ」


 キングは満足そうにワイングラスを手にして、喋り過ぎて渇いた喉をワインで潤す。俺もつられてワインで喉を潤し、皿の上のチーズに手を伸ばす。今まで口にしたことのない、匂いのきついチーズだった。


 上機嫌なキングは手にしたギターでDECOYの曲のイントロを弾き始める。俺もギタリストの端くれ、少し聴いただけで気付かされた。キングはコーチンに負けないぐらい、ギターの演奏が上手かった。

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