#32

「酒は飲める?」


 キングがフランクに訊ねる。DECOYのライブ会場のステージで何度も聞いてきた、あの声で。


「ええ、車では来ていないから……キング……さんは、このあと長野に戻るの?」


「最終列車で戻るよ。まだレコーディングが残ってるから。それとキング、呼び捨てでいいよ」


 友好的な振る舞いに「元暴走族の総長」という肩書きはやはりフェイクなのでは、と感じる。


 キングはミュージシャンらしい派手なジャケットに身を包み、手首には複数のブレスレッドが覗いて見える。髪はブロンドに染め上げられ、その末端は美しい曲線を描く。ブロンドの隙間からはシルバーのイヤリングが怪しく光り輝く。キングと呼ばれるに相応しい風貌で、クリエイターをしてのオーラをビンビンに放っている。凡人である俺との住む世界の違いを見せつけているかのようだ。願わくはそのサングラスを外して深海魚の目をこの至近距離で拝みたいところだが、薄暗いこのVIPループにいながらも、キングがサングラスを外すことはなかった。


 扉をノックする音とともに、蝶ネクタイの店員がグラスに注がれたワインと数種類のチーズの盛り合わせを運んで来た。真紅のベルベット調のワインの色が、実にキングに似つかわしい――まずいぞ、俺は完全に雰囲気に飲まれている。


 キングはいったい何歳ぐらいなのか? 公式プロフィール上ではコーチンと同じく年齢不詳だが……近くで見る肌のハリからすると、俺とそう歳は離れていない気がする。


「事務所の連中が安田さんに失礼なことをしたみたいだ。すまない、金に汚い奴が多くてね。懸賞金は確かに俺が払うから」


「いや、金はもういいんだ……俺はコーチンのファンだから……真実を教えて欲しい」


「……真実って?」


「コーチンの自殺の理由と……あともうひとつ、このギターを作ったのは誰なのか、それを教えて欲しい」


「盛りだくさんだな……とりあえず、ギターを確認させてくれ」


「分かった」


 足元に置いていたハードケースを横たわらせる。ケースからコーチンのギターを取り出して、キングに手渡す。ギターを正面に見据えた後に、キングは自らの右腿の上にボディを置いて、左手のひらをネックの裏にそっと翳す。薄暗い部屋の照明にシースルーレッドのボディが怪しく光る。コーチンのギターなのに、キングが小脇に抱えてもしっくり見えるのから不思議だ。


「懐かしい……ステージでもスタジオでも、コーチンはこのギターだけを使っていた。いつも近くで見ていたから間違いない……本物だ」


「コーチンはなぜ自殺なんかしたんだ? 活動は停滞していたけど、自殺する理由なんてないはずだ」


 キングは俺の問いを無視して、ギターのチューニングを一弦ずつ、丁寧に合わせ始める。


「それにこのギターがなぜ俺に送られて来たのか……意味が分からない」


 必死に言葉を続けた俺に、ようやくチューニングを終えたキングが静かに顔をこちらに向ける。


「ギターを此処まで運んでくれた安田さんに、俺なりの礼を尽くすとしよう。俺がこの場で一曲歌うか、真実を明らかにするか。どちらが好みだ?」


 キングは格式に拘る男。ファンに求められても滅多にサインはしないし、メディア関連に頼まれても易々と曲の一節を歌ったりは絶対にしない。生で一曲聞けるなんてプレミアムな体験。俺は一瞬迷うも、だが口調を強くして「真実を」と言った。

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