#24
男性の声を器用に使いこなす電話番の女と、二面性のあるオカマ社長。味の濃い二人が去ったカラオケ部屋に一人残されて、どっと疲れが押し寄せる。一曲歌いたい、という俺の想いが誰に通じたのかは知らないが、綺麗に並んだテーブルの上のカラオケ機材が俺に触れられるのを待っている。
ハンディ端末を手にして何を歌おうかと思うも、手頃な曲名がすぐに出てこない。ふと、慣れない操作でDECOYの曲を探してみると、メジャーな曲が五曲だけリストに残されているのを知る。
その中から「本人出演」のマークのあった「DRESS TO KILL」を選んで演奏開始ボタンを押すと、大音量のイントロがスピーカーから流れ始め、キングを除く三人のメンバーが楽器を携えて画面上に登場する。時代を感じさせる大げさなアクションで演奏する楽器隊の中には、あのギターを華麗に弾きこなすコーチンの姿があった。
感慨に耽る間もなく画面が切り替わり、曲の歌い始めのタイミングで、トレードマークのバカでかいサングラス姿のキングが登場する。フロントマンであるボーカリストが映像に多く登場するのは至極当然で、カラオケだから音声はないものの、画面の中でキングはコンデンサーマイクに向けて唾を飛ばし絶叫する。
そのとき、ネットニュースの囲み取材の動画で、キングがカメラに向けて放った言葉が頭を過ぎる。
『懸賞金はコーチンの代わりに俺が提供する』
コーチンは自殺したのだから、ギターに懸賞金をかけることなどできやしない。とすると、はなからこのギターに懸賞金をかけて探していたのは――キングだ。
曲はサビの部分に差しかかり、画面いっぱいのキングが怪しげに歌い上げている。たまらずカラオケの演奏停止ボタンを押して、キングを画面から抹殺した。ここで呑気に歌っている場合じゃないな、と荷物をまとめて足早にカラオケ店を後にする。
帰宅途中の空いた電車の座席に深く座り、スマートフォンでコーチンのソロ活動のホームページにアクセスをする。このページを訪れるのは久しぶりだ。四年前の薬物疑惑報道からこのページの更新はずっと止まったまま。コーチンの音楽活動の停滞を如実に表して、コーチンに対するリスペクトの気持ちは変わらないものの寂しさを隠せない。最後の更新は新作リリースのアナウンスで、七年前の日付が空白の時を伝えている。
そのままコーチンのウィキペディアへ移動すると、薬物疑惑騒動の状況についての記述を見つけた。
※
週刊誌が報じた薬物使用疑惑の記事中に「情報ソースは元DECOYのメンバー」とあったため、ほかのメンバーの発言に注目が集まった。DECOY解散後に他事務所に移籍をしたチャンクとジェシーは、ともに公式ホームページ上で「事実無根の捏造記事」と完全否定をした。
コーチンとともに古巣のソユーズ音楽事務所に留まったキングはだんまりを決め込み、その発言に注目が集まった。別の週刊誌がキングの住むマンションで突撃取材を敢行した際に、キングは「俺は真実しか喋らないよ」という趣旨の発言をした。この発言が更なる憶測を呼ぶ結果となり、世間はコーチンを「クロ」だと認定してしまった。
コーチンのファンはキングを裏切り者と称して断罪し、キングのファンを巻き込んで泥沼の中傷合戦が繰り広げられた。
※
真実が何処にあるのかなんて、当人たちにしか分からないこと。元凶が週刊誌であることに間違いはないが、記事が出てからの元メンバーを巻き込んだ無益な騒動は、いま思い出しても反吐が出る思いだ。
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