#23

 音楽事務所側は「ギターの現品を受け取った後に指定された銀行口座へ振り込み」と主張するが、俺は「ギターと現金をその場で引き換え」と主張して、互いの溝は埋まりそうにない。会話が途絶えて重苦しい空気が流れる中、仕方がないな、と俺はライダースのポケットから財布を取り出す。以前、副業用にと洒落で作っていた自分の名刺を財布から取り出して、オカマ社長と華岡さんに差し出した。


「本業はサラリーマンだけど副業としてギターの中古販売をしている。安田慎一です、宜しく」


 ペラペラの安物の名刺を差し出して自らの身分を明かした上で、


「金はそちらへギターを渡したあとに口座振り込みでいいよ……その代わりに聞きたいことがあるんだ」と話の矛先をずらす。本当は金の支払いなんてあとでも先でも構わない、俺は二人からコーチンの死の真相を得たいだけだ。


「コーチンは何故、自殺をしたんだ? 遺書は残されてなかったのか?」


 不意なはずのコーチンの死に関する俺の質問に対して、二人は一度だけ目配せをすると、


「遺書はありませんでした。コーチンが死を選んだ理由は私達には分かりかねます」と華岡さんがスポークスマン的な受け答えをした。予め決められた台詞を言った感のある彼女の言葉に、俺は酷く腹が立つ。


「分かったよ。じゃあ、もう一つだけ。コーチンが亡くなったのは、ギターに懸賞金を掛けると表明する前だった、という噂がある。これは本当なのか」


「そんな噂、どこから……」


 明らかにうろたえた表情を見せる華岡さんに「事務所の誰かがSNSでリークさせたらしい」と追い打ちをかけると、彼女は絶句して俯いてしまった。


「コーチンが自殺を図ったのは、その噂のとおり『ギターを探す』と表明する前のことだ」


 突然、隣の社長がオカマ言葉を封印して力強く語り始める。どうやらオカマ言葉は安易なカムフラージュで、こちらが素の社長らしい。なるほど、低くてハリのある声が精悍な顔つきに良く似合っている。


「コーチンが亡くなる直前に、誰かが彼のもとからギターを持ち出した。ギターが中古市場に流れてしまわぬように、我々が懸賞金を掛けて網を張った、ということだ」


「なぜ順序が逆になった?  コーチンが亡くなったのを伏せたのは、なぜなんだ?」


「死因を『自殺』と公表するか否かで、関係者と最後まで揉めたためだ。遺体の保存状態を考慮してギリギリのタイミングで公表した。順序が逆になったことに他意はない」


「……それで発表の後に、葬儀があんなに早く執り行われたのか……」


「我々としても苦渋の決断だったんだ、そこは理解をして欲しい」


 懸賞金の告知をクローズアップさせる為に悪戯にコーチンの死を利用したのでは、という俺の疑念は払拭された。だが、この二人はまだ何かを隠している気がして、今ひとつ釈然としない。


 滔々と語る社長とは対照的に、花岡さんは俯いて顔を上げないままでいる。社長よりも脇が甘そうな彼女から真相を引き出したいが、この社長はそれを許してくれそうにない。


「安田さん、先ほど花岡がお聞きしましたが、あなたがどうやってこのギターを手にいれたのか、教えて頂けませんか? 我々もお話しできることについては、あなたに情報を提供したつもりです」


「お話しできること」という言い方に引っ掛かりを感じるが、今はそこには触れないでおいた。この社長は、コーチンの元からギターを盗んだのは俺だと疑っているらしい。これはもう、面倒くさいが事実を話すしかない。


「ネットオークションで手に入れたんだ。隠してもしょうがないから正直に言うけど、このギターは間違って発送されたもので、俺が購入する予定だったギターじゃない。出品者のアカウントはもう削除されていて連絡が付かなくなっている。何故こんなことになったのかは、俺にもよく分からない」


「荷物の伝票に、相手の連絡先の記載は?」


「匿名配送だから、相手の住所も電話番号も書いてない」


「ちっ、匿名配送か……」


 社長の行儀の悪さが露呈をし始める。普段からこの社長の圧に屈しているのか、隣の華岡さんは黙って俯いたままだ。


「安田さん、さっき言ってたことが正しいとすれば、あなたはあのギターを誰かから託されたのでは?」


「託された……? 俺が誰かとグルになって金をせしめようとしている、とでも言いたのか?」


「いいや、そうではなくて、誰かが意思を持ってあのギターをあなたに託したのでは、という意味です。心当たりはありませんか?」


「心当たりなんて、あるわけないだろ」


「そうですか……」


 部屋は再び静寂に支配されて、地球の重力が体に圧し掛かるのを感じる。入室してからもう、何分が経過したのだろうか? テーブルの上のカラオケの機材は使われることなく、行儀よく整然と並べられたままだ。普段から口数の少ない美咲との生活に慣れている俺にとっては、この重苦しい雰囲気など屁とも思わない。せっかくカラオケに入店したのだから、一曲ぐらい歌ってから帰ろうか、そんな拙い想いが頭をもたげて、自分でも馬鹿らしく思う。


「今日はこの辺で切り上げましょう」我慢比べに負けた社長が切りだした。


「安田さんが所持しているギターが本物であることに、間違いはないみたいです。お互いの連絡先はもう交換済みだから、あとは電話かメールのやりとりで十分でしょう」


「ギターの引き渡しについては、まだ何も決まっちゃいないぜ」


「その辺りも含めて、あとは花岡と交渉して下さい。じつは、次の仕事が控えていましてね、我々はそろそろ失礼します」


 俺が渡したペラペラの名刺を鞄に大事そうにしまい込むと、社長が勢いよくソファから立ち上がる。社長の車で一緒に移動するのだろうか、つられて花岡さんもすっくと立ち上がる。


「それじゃあ、またお会いしましょう。ゴメン遊ばせ」


 突然、口調を元に戻した社長が防音扉を開けて部屋を出て行く。後に続く花岡さんは部屋を出る直前に「今日はありがとうございました」と会釈をして「二時間分の会計はこちらで済ませておきます」と申し訳なさそうに言い残して去って行った。

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