#22

 小さなテーブルを挟んで斜め向かいに距離を取って座り、簡単な挨拶と世間話を交わした。


「名刺をお渡ししておきますね」と彼女は言い、丁寧に両手で名刺を差し出した。ソユーズ音楽事務所の社名とともに『声優 華岡美智』と書かれていた。


「いちおう本業は声優なんですけど、最近は事務所の電話番のほうが板に付いてしまっています」


「声優……それであんな声が使えるのか」


「はい、でも太くて低い声を出すのは案外難しいんですよ」


 そう言って微笑む彼女に、一瞬ドキっとさせられる。電話番にしておくのは勿体ない美貌を持ち合わせている彼女に、好感を持ち始めている自分を窘める。今日は交渉事だから浮ついた気持ちは禁物だ。


「すまないけど電話で話したとおり、俺の身元はまだ明かせない。とりあえず五百二十四番と呼んでくれ」


「承知致しました、五百二十四番様。今日はお電話で約束した画像を見せて頂く約束でしたね」


「そうだった、これだよ」


 俺はスマートフォンを取り出して、フロントピックアップ下のアルファベット文字の画像を見せた。


「なるほど……これはたしかに、KOCHINEと読めますね」


 人懐こい彼女の表情が、一瞬だけ眉間に皺を寄せて険しく変化したのを見逃さなかった。


 すると突然、防音扉のロックがガチャリと回転して、誰かが部屋に入ってきた。先ほどの店員かと思いきや、それとは明らかにビジュアルの異なる、眼光の鋭い巨漢の男だった。スーツを身に纏ったその姿からでも、その内側の肉体の強靭さを計り知れるオーラを醸し出している。


 美咲に言われた「強面の人が現れる」のフレーズが頭の中をリフレインする。次にこの男から飛び出すのは脅しの言葉か、それとも鈍く光るナイフか、と身構えていると、


「あらー、華岡ちゃん。遅れてごめんなさいね。駐車場が見つからなくてねー、もうイヤーって感じ」と男がオカマ言葉全開で喋り始めて、腰が砕けた。


「社長、遅いですよ。あ、こちらが例の情報提供者です」


「あら、遅くなってごめんなさーい。ソユーズ音楽事務所の社長をしています、藤波と申します」


 巨漢のオカマ野郎が恭しく差し出す名刺には『代表取締社長 藤波貴久』と書かれていた。社長――この男の顔には見覚えがあった。コーチンの葬儀の模様を伝えるネットニュースの中に、神妙な顔つきでマイクに向かって何かを読み上げる、男の姿を見ていた。社長ということで間違いがないのであれば、直々のお出ましにはただ戸惑うばかりだ。この社長の年齢はおそらく四十前後、俺より年下だろう。


「……社長さん、彼女にも話したが俺の身元はまだ明かせられない。申し訳ないが五百二十四番と呼んで欲しい」


「あら、そうなの……残念ねー。あなた男前だから、お名前を知りたかったのにー」


「……さっき華岡さんにも見せた画像だ。今日はこれを見せる約束でここまで来た」


「それじゃあ、拝見しようかしら」


 オカマ言葉で話していても、この社長の眼光は鋭いままだ。俺が手渡したスマートフォンの画像を食い入るように見つめると


「うーん、これは……本物ってことで間違いなさそうねー」と言って、隣に座る華岡さんと目線を合わせて頷いた。


「安田さんはこのギターをどうやって手にいれたのですか?」


 何気ない素振りで核心に迫る質問をする華岡さんに「それはまだ言えない」とつれない返事をして「懸賞金の交渉を開始すると約束してくれるのなら、全てをお話しするよ」と続ける。


 オカマ社長は眼光を一瞬だけ鋭くするが、それを隠すように「そうねー、どうやら本物みたいだし、懸賞金の交渉を始めようかしらね」と言い、具体的なギターの引き渡しと金の受領方法について言及をし始めた。

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