#21

「五百二十四番様、お待たせ致しました」


 女はにこりと微笑みながら、電話口と同じ、通りの良い、男らしい低い声で話しかけてきた。


「すみません、驚きましたよね。電話では男性の声を使うんです。女の声だと舐めてかかる人がいるものですから」


 女の声は途中から、聡明な女性の声に変化をした。のっけからの先制攻撃に、俺はたじたじになる。


 ライダースとタイトスーツ、そのアンバランスな組み合わせに反応するタクシー運転手たちの興味に満ちた視線をよそに、そのまま二人で商店街の方向へ歩き出す。


「先に到着していたので、何処かお話ができる場所を探していたんです。喫茶店はこの辺にはないみたいですので、ここで如何でしょう?」


 女が案内したのはカラオケのチェーン店だった。女が持っていた会員カードで入店案内はスムーズに行われ、彼女は迷わずに「二時間でお願い」と店員に告げる。


 物静かな印象の背の高い店員が先を歩き、部屋を案内してくれる。201と書かれた部屋に入ると、机の上には綺麗に並べられたカラオケの用品があった。広くもなく、でも狭くもない、二人でカラオケをするのには十分な部屋の広さだった。


「ごゆっくりどうぞ。ご注文がありましたら、インターホンでご用命をお願いします」


 丁寧な挨拶とともに店員が部屋を出て、ガチャリ、と防音構造の重いドアノブを閉める。そのとき、俺は気が付いた。狭い密室で美人と二人きり。これから交渉事をするというのに、最初から余りにも不利な状況に追い込まれている。これが女の作戦なのだとしたら「手練れ」としか言いようがない。

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