#18
コーチンの葬儀があった翌日、仕事の昼休み中にギターの情報提供専用ダイヤルを再びコールする。昨日の葬儀でキングが「引き続き情報提供を求める」と発言した影響からなのか、電話は全く繋がる気配を見せない。やっと繋がったと思うも『順番にお繋ぎしています。このままでお待ち下さい』とメッセージが流れ、バックにかかる無味乾燥な音楽を延々と聞かされ続ける。
そんなイライラが募る状況を社屋ビルの屋上の片隅で過ごしていると、それを目ざとく見つけたのか、総務課の松崎麻衣子がわざとらしく靴音を鳴らして近づいてくる。彼女の右手には火の着いたメンソールの煙草があった。
「総務課の人間があの黄色い線からはみ出して吸うのは、マズイんじゃないのか?」
俺が喫煙エリアを示す黄色のテープを指差しながら茶化すと、
「別に……あんな囚人の日光浴みたいな場所で吸ってられないよ」と麻衣子は吸い込んだ煙を吐き出しながら、右手のメンソールを地面に投げ捨てた。仕事で嫌なことでもあったのか。機嫌の悪い麻衣子は面倒くさくて、少々厄介だ。
「こんな離れた場所で、彼女にでも電話?」
「いや、違うんだ……」
全く繋がる気配を見せない不躾なダイヤル先の相手に見切りを付けて、スマートフォンをジャケットにしまい込んだ。
「コーチンは残念だったね」
俺が昔からファンだったことを良く知る麻衣子に、コーチンの話を振られる。俺が無言のままゆっくりと頷くと、
「コーチンが亡くなったのって一週間も前だって噂があるの、知ってる?」と麻衣子はとんでもないこと言い始めた。
一週間――自分の記憶を頼りにこの状況を整理したいが、頭が上手く追いつかない。覚束ない自分の記憶を必死に辿ると、コーチンがギターに懸賞金を掛けると表明したのは、たしか……四日前、そうだ、四日前のはずだ!
「それって、どこから出た噂なんだ?」
「音楽事務所の誰かがSNS上で匿名でリークしたらしいよ、ねえ酷いと思わない? 亡くなっているのに『懸賞金を出す』だなんて、そんなの本人が言えるわけないのに」
懸賞金を出す、と表明したのがコーチン本人じゃないのだとしたら、それはいったい誰だっていうのか? それになぜ、こんなことを? コーチンの死を、なぜファンにすぐに知らせなかった? 噂だって? そんなこと噂で広めるようなことじゃねえだろ!
沸々とこみ上げる怒りが表情に出てしまったのだろうか、麻衣子に「そんな怖い顔をしないでよ」と言われて、はっと我に返る。
「すまない……コーチンは俺のヒーローだから……そんな噂話、俺はスルーできないよ」
昼休みの残り五分間を告げる予鈴のチャイムが鳴り響く。喫煙スペースの囚人どもがぱらぱらと階段口へ向けて歩き出すも、麻衣子は自席に戻る素振りを全く見せない。
彼女は突然、正面に体を入れて俺と視線を合わせると、
「ねえ、正直に言ってね。コーチンのギタ―のこと、何か知ってるでしょ」と言った。やはり、今日の麻衣子は機嫌が悪くて厄介だった。
「……何で、そんなことを……」
「このあいだ、ここでギターの懸賞金の話をしたでしょ? そのとき慎ちゃん、鼻に手を当てながら話をしてたから。『その癖、すぐにバレるから止めな』って前に言ったのに、もう忘れたの?」
長い付き合いがあれば、癖も嘘も全てお見通し、ということらしい。麻衣子の感の鋭さは昔から熟知している、嘘をつき通すのは無理だなと観念して、ギターの件を掻い摘んで麻衣子に話した。
俺がコーチンのギターの所在を知っているのではなく、手元にギターがあるのだと知ると、麻衣子は酷く驚いた様子で「そっか……いろいろ、大変だったね……」と、ここ数日間の俺の苦悩を理解してくれて、ゆっくりと俯いた。
間もなく鳴るであろう本令のチャイムを前に、最後まで粘っていた最後の囚人が俺達の様子を気にかけながら階段口へ向かって歩き出す。奴の目に俺と麻衣子は、別れ話をする不倫相手にしか見えていないはずだ。
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