#17

 仕事を終えて帰宅すると、今日も美咲は手料理を準備していてくれた。料理が冷めてはいけない、と手早く着替えを済ませる。


 昨日とは打って変わった暖かい料理に舌鼓を打つ。いつもコンビニの惣菜ですませる食事が多かったので、美咲がこんなにも料理が得意だったとは知らなかった。


「料理、得意だったんだ」


「人並ぐらいには作れるよ」


 いつものクールな反応に、これが変わらぬ日常というものなのか、とつい感傷的になる。だけど俺にはまだ、解決すべき非日常が残っている。


「ギターの情報提供先に連絡してみたけど、留守電だったよ」と美咲に伝えると、


「葬儀であちらさんも忙しかったんじゃない?」と意外な返答だった。


「葬儀って……?」


「ワイドショーで取り上げられてたよ、ギターの件でちょっとした話題になってるみたい」


 食後にネットニュースを調べてみると、美咲の言った通り、今日の昼に音楽関係者を集めたささやかな葬儀が都内の式場で執り行われた、と記事があった。


 今日……? 昨日亡くなったって事務所が発表したばかりなのに、もう葬儀? 早すぎるだろ……コーチンが死んだのは昨日じゃないってことなのか――。


 葬儀のニュース画像の中に、祭壇に飾られた故人の遺影があった。おそらくDECOY時代のものだろうか、遺影の中でコーチンはあのギターを低いポジションでかまえ、ポーズを決めていた。


 記事を読むと、葬儀には音楽事務所の関係者と元DECOYのメンバー、コーチンと親交のあった数名のミュージシャンが参列していた。ギターの懸賞金の話題性からネタの匂いを嗅ぎつけて集まったマスコミ連中を相手に、ボーカリストのキングが代表で囲み取材に対応していた。


 DECOYの活動期間中、ベースのジェシーとドラムのチャンクはバンドの脇を固める役に徹して、メディア関連のインタビューは常にキングとコーチンが応対していた。コーチン亡き今となっては、この囲み取材はキングが役を果たすのが当然の流れに見える。たとえマスコミの質問がコーチンの自殺の理由や、ギターの懸賞金といった糞みたいな内容であったとしても。


 ネットニュースに貼られていた囲み取材の動画をクリックすると、黒ずくめのスーツを着た金髪のキングに数本のマイクが向けられていた。キングのトレードマークである少し大きめのサングラスは今日は外され、代わりに深海魚みたいな冷たい目が露わになる。滅多に見せないこの冷えきった視線にカリスマ性を感じ取り、キングを神と崇めるファンは多い。美咲もはたして、そうなのだろうか?


 矢継ぎ早に下世話な質問を繰り返すマスコミ連中を全て無視して、視線を一点に見据えたまま無言を貫くキング。だが突然、一台のカメラに視線を合わせると、


「コーチンの意思を継いであのギターを必ず探し出す。懸賞金はコーチンの代わりに俺が提供する、引き続き情報提供を求める」


と一気に捲し立て、追い縋るマスコミのマイクを振りほどいて足早にその場を立ち去る。取材の動画はここで終了していた。


「あのギターを必ず探し出す」「情報提供を求める」


 まるで犯人捜しを宣言するかのようなキングのコメントは胸糞が悪い。


「相変わらずね」


 パソコンでこのネットニュースを見ていた俺の後方にはいつの間にか美咲がいて、彼女がそう呟いた。


「……何が相変わらずなんだ?」


「キングの本性はクソ真面目な好青年だから……ああやって無理にカリスマ感を演出しているのよ」


「元暴走族の総長、って肩書じゃなかったか?」


「そんなのデタラメ」


「ふうん、そうなんだ」


 コーチンにしか興味がない俺にとっては、キングはどうでも良い存在、ましてや薬物疑惑の際にコーチンを週刊誌に売った相手として奴を忌み嫌っている。美咲の言った「好青年」も都市伝説みたいなものとして、気にも掛けない。

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