#13
前照灯を照らした通勤電車が人気疎らなホームに滑り込んで来るのを横目で見ながら頬の涙と鼻水をティッシュで拭い去り、すぐに中道君へ連絡を入れた。
『いきなりニュースのリンクだけを送ってしまい、すみません……気が動転してしまって……早く知らせたほうが良いと思ったので』
電話越しの中道君は酷く恐縮している様子なので、「いいんだ……早く知ることかできて良かったよ、ありがとう」と彼の労をねぎらう。
『あのギターはまだ手元にあるんですか?』
「まだあるよ……どうするか考えあぐねていたら、こんなことになっちまった」
『そうなんですね……実はあのギターのことで少し気になる点があるんです。安田さんはあのギターをよくご覧になられましたか』
「いや、ちょっと手にして爪弾いたぐらいだ。ピックアップとか配線系まではチェックしてないよ」
『そうですか……僕はあのギターをコーチンが使っていたとは思えないんです』
「えっ?」
中道君の意外な発言に驚く。「このあいだ『コーチンが使っていたものに間違いない』って言ってなかったか?」と言葉を続ける。
『はい、ボディ表面の傷や木目から判断するとコーチンの使っていたギターと非常に良く似て言います。でも、プロのミュージシャンが使う機材としては、ギターのクオリティが低過ぎるんです』
「クオリティって……?」
『ボディのエッジの部分の処理とか、ネックポケットの加工精度が甘いです。塗装の乗りも悪くて、専用の塗装ブースで塗られたものではないですね。ネックの調整も二世代ぐらい前の古めかしいものでした。このギターをツアーやレコーディングで使い続けるには、恐らく頻繁に調整を繰り返す必要があります』
「……コーチンはどこかのビルダーが製作した一品物をデビュー前からずっと使ってた、って昔から言われてるけど」
『はい、僕もネットでその辺りの情報は調べました。でもあのギターをツアーやレコーディングで使うにはリスクが大きくて……何も良いことなんてないですね』
「……じゃあ、中道君はあのギターは本物ではないと?」
『いいえ、そうじゃないんです……上手く言えないですけど……酷い言い方をすれば、あのギターはずぶの素人が作ったものです。プロのミュージシャンが使う機材ではありません』
中道君らしい、真っすぐな言葉だった。プロの職人としてのプライドが、そうさせるのか。
「ギターは本物だけどプロの機材としては認めたくはない、ということ?」
『そうですね、ちょっと生意気なことを言ってすみません』
「そうか……分かったよ。俺も少しあのギターについて調べてみるよ」
こんな異様な案件を抱え込みながらも副業を止めるわけにもいかず、俺はここ数日で三本のギターを新たにネットオークションで落札していた。そのことを中道君に伝えて「近々そちらの工房へ持って行くので宜しく」と挨拶をして通話を切る。電話を切ってから、中道君に「ギターの件はまだ口外無用で」と言い忘れたのに気付くが、美咲からLINEのメッセージが届いていたのに気が付いて、放っておいた。
美咲のメッセージは『何やってんの、遅い』と酷くご立腹の様子、そういえば会社近くの駅で『そろそろ帰る』と彼女にメッセージを送っていたのを思い出した。
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