#5
次の日、仕事を終えた帰宅後に、車を走らせてギター工房AKIRAへ向かう。会社の昼休み中に、店長の中道君には電話でアポを取っておいた。いちおうこれでも彼の店のお得意様だから、
「閉店後でも構わないっすよ、もしシャッターが降りてたらピンポンを押して下さい」と愛想よく夜更けの訪問に応じてくれた。その言葉に甘えて彼の店に向けて車を流す。後部座席にはあのギターが入った四角いハードケースがあった。
中道君は俺よりひと回りほど年が下だから、DECOYに酔狂した世代ではないかもしれない。でもギターに携わる職種の人間ならコーチンを知らないはずはない。このギターに中道君がどんな反応を示すのか早く知りたくて、いつもより少し強めにアクセルを踏み込んだ。
工房AKIRAに到着すると、中道君は店を開けて待っていてくれた。俺の自宅から車で四十分ほど距離に、このギター工房AKIRAが存在するのは、俺の副業に福音をもたらした。この店を見つけてくれた美咲には感謝しかない。
「こんばんは! お待ちしていました」
小柄な体型にいがぐり頭、トレードマークのいつものオーバーオール姿で、中道君は夜更けの訪問者を笑顔で迎えてくれた。
大手の楽器メーカーでギター製造の修行を積んだ後に、若くしてこの地に自らの工房を立ち上げ、一人で店を切り盛りする彼に、俺は絶大なる信頼を寄せている。彼が三十代の若さで工房を立ち上げられたのは、メーカー在籍時に担当していた大物ミュージシャンの金銭的援助があったから、というのが専らの噂だった。そんな人が羨む境遇さえも、彼の人柄に一度触れると下世話なやっかみの類は全て吹き飛んで行くのを感じる。
確かな技術と人望がある人間には、自然と金や運が集まる、という好例だ。
「これが昼間に電話で伝えたギターだよ」
「なるほど……コーチンのレプリカですね、これは確かに珍しい、ほとんど見かけないですね」
中道君は慣れた手つきでケースからギターを取り出すと、舐め回すようにボディ前後からネック、ヘッドを見て回り、ペグやブリッジの金属パーツの状態を確認する。ネックの反りをチェックするために、ハイフレットからローフレット側へネックに沿って向ける視線は、先ほどまでの笑顔とは打って変わりプロの顔を浮かばせている。
「状態は悪くないです……このボディはレリック加工かな? いや、それにしては……」
ボディに顔を近づけて少し目を細める中道君は、何かを気に留めている様子。だが俺は気にせず「いつものメンテナンスメニューで頼むよ」とオーダーを伝えた。
「あ、はい、分かりました」そう言って、中道君は木製のメンテナンス台にギターをセットする。
「ネックは微調整で済みそうです。フレットは減っていますけど、摺り合わせの必要はないですね。金属パーツのクリーニングと電気系の接点をチェックしておきます」
中道君のギターメカニックとしての腕を見込んで、口頭ではあるが俺は彼とメンテナンスの年間契約を結んでいる。基本のメンテナンス項目ならば年間に何本持ち込んでも定額とするこの契約、得をしているのは俺なのか、それとも中道君なのか? 今ひとつ判断が付かずにいる。
俺は中道君のコーチン評を聞きたくて「中道君はDECOY世代じゃないよな?」と話を振ってみる。
「僕はメタル好きだったから、ちょっとテイストが違うんですよねー」
「そっか、そうだった。中道君はヘビメタ好きだったな」
「でも歳の離れた姉がDECOYのファンだったので、よく聴かされてました。同級生の連中は、みんなこぞってコピーしてましたね。ギタープレイヤーだけとしてじゃなく、コンポーザーとしても超一流でしたから」
すこぶる良い中道君のコーチン評に、思わず自分が褒められたかのように気を良くしていると「でも」と彼は言葉を続けた。
「あの薬物騒動があってから、全く見かけなくなっちゃいましたねー。ひょっとしてもう、引退しちゃったのかな?」
「……」
俺の微妙なリアクションに気付いた中道君は、話の舵を意外な方向へ切り始める。
「そういえば、DECOYのキングって僕の先輩なんですよ」
「え、キングが? じゃあキングと同郷ってこと?」
「いや、高校とかじゃなくて、GTDギター製作学院の先輩です……ていっても『在籍していたらしい』って噂で聞いただけですけど」
「へえ、意外だな。キングは手先が器用には全く見えないけど」
「入学早々に講師をブン殴って退学になった、っていうのが専らの噂です。キングに纏わる都市伝説って他にも色々あるんですよー」
キングらしい破天荒なエピソードに二人して笑いしながら工房の壁に目をやると、時計の針はすでに二十三時を大きく回っている。これ以上の長居は迷惑になると判断して、キングの都市伝説を土産話に頂いて、工房AKIRAを後にした。
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