#3

 匿名配送で届けられたこのギター、生かすも殺すも俺次第といったところか。


 俺が知らぬふりをして落札品の受け取り処理をオークションアプリで済ませてしまえば、取引はその時点で終了する。出品者が間違いに気が付いたところで後の祭り。俺がさっさと売り払って手放してしまえばこちらの勝ち、などという拙い悪事が頭に浮かぶ。


 とりあえず気を落ち着けようと、ケースからギターを丁寧に取り出して膝の上で抱え込んでみると、人手に渡ったギター特有の冷たい感触が、ネックに翳した手のひらから伝わってくる。天井のシーリングに照らされたコーチン・レプリカはボディに傷が多く、右手が当たる部分の塗装は剥げて、塗装面の一部にはクラックが入っていた。流行りのレリック加工なのだとしたら手の込んだ作業であり、このギターの製作者に拍手喝采を送るしかない。


 ネックに目を移せば、六本の弦の表面に錆は見られない。オークションサイトで購入する大概のギターの弦は錆びていて、そのギターの晩年の寂しい窮状を伝えてくるが、このギターからはそういった情景は伝わって来ない。


 低音弦から一本ずつチューニングを合わせて、弦のびびりや音のつまり、ネックの反り具合を確認する。低音の弦を右手で弾くと、ボディを通して野太く響き渡るE音のサスティンが素晴らしい。このギターは当たりだ、と思わず頬が緩む。


 試しに懐かしいDECOYのヒット曲のワンフレーズを、その場で弾いてみる。少し湿った音がするが、生音で聴いた限りではこのギターに演奏上の不具合は見受けられない。


 これはラッキーだ、と調子に乗って暫くDECOYの曲を弾き続けていると、開いたままの部屋のドア付近に人の気配を感じた。パートの仕事を終えて帰宅した美咲だった。


「また一本増えたね」


 美咲は自らが入札を指示したギターとは異なるギターが届いたことに、気付いていない様子。いや、それともこのギターに興味がないのか。


「コーチンのギターのレプリカだ。美咲もDECOYのファンだっただろ?」


「うん、でも私の推しはボーカルのキングだから……コーチンなんてとっくにオワコンじゃない、もう死んでる」


「酷いな……コーチンはきっと復活するよ、俺は信じてる」


「いつまでも過去の思い出に浸ってちゃ、駄目よ」


 クールな表情を崩さずにそう言ってのけた美咲は、そのまま踵を返して部屋を出て階段を下りて行った。美咲はDECOYのボーカリスト、キングに酔狂していたのに、そのすぐ傍らにいたコーチンには全く興味を示さない、という事実に呆気にとられたが、クールな美咲の性分を考えればそれも頷けた。


 膝の上のコーチン・レプリカをケースに戻し、暫くの間、このギターをどうするかと思案する。耳元に届く天使と悪魔の囁きに心が揺れ動きながらも、意を決してスマートフォンのオークションアプリの画面上の商品受け取り欄にチェックを入れる。出品者の評価欄にありきたりの謝礼文を入力して「出品者よさらば!」と想いを込めて画面上のボタンを押すと、実に呆気なく取引は完了した。


 意図せずに珍しいギターを入手した高揚感からなのか、DECOYの曲を口ずさみながらギターケースを片付ける自分に気が付く。不思議と後ろめたさはない。気持ちはすでに、このギターのメンテナンスに掛かる費用と、売り出す際のオークションの開始価格について思いを馳せていた。

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