第9話 吐露

……ガラガラガラ……



『うーん……』



目を覚ますと、知らない荷台の上に乗せられていた。





「お~、同時にお目覚めかいな。

仲ええんやなぁ~、羨ましいわぁ」





どこかの地方の訛りだろうか。やけに耳馴染みの悪い、能天気な声が後ろから降ってきた。



ふと隣を見ると、長い髪の少女が、その華奢な体をゆっくりと起こしていた。



───良かった。生きてる。



少女はまだ頭がまわっていないのか、うつろな目でぼーっと一点を見つめている。





……とりあえずは一命を取り留めた安堵感に包まれていた最中、ふと何かゴワゴワとしたものに手が触れる。



……?




「……っ?!」




麻縄で縛られ、荷台の隅に追いやられていたのは、先程の砂漠狼の死体だ。

いや、正確には死体だったモノ、と表現する方が正しい。





「……あぁ、ごめんなぁ~

死体と一緒に荷台に詰め込んでもうて……。

でも、獣は貴重な商材やから、しょうがないんよー」






「……商材?」

いつの間にか、荷台の上でユズリハが立ち上がっている。


その手に持った鎌の刃は、荷馬車の操縦席へと向けられていた。


「生き物の売買は都市法に違反しています。獣などの外敵の死体はまず都市部に報告してから……」





「あらら。命の恩人に向かってそーゆうことする……やっぱ鎌は置いてきた方がよかったかなぁ~。

まったくー、最近の女のコちゅうもんは皆こうなのかね」




「五月蝿い。大人しく降伏……」




「まあまあ、落ち着いて。

……いやぁ、それにしてもこの砂漠の中、ボロボロの男と死神サンが歩いてるなんてなぁ~……

───ちゅうことは、君、例のミスタ君?なんやな?」




「え」



急に話の矛先が自分に向いたことで、ミスタは自分は部外者ではない、と初めて気がついた。




ワケありの人々ばかり暮らすあの集落は、まるで温室だった。彼は、『死神』のことはおろか、都市法なんていう決まりがあったことすら今の今まで知らなかった。





操縦席で馬の手網を握ったその男は、その瞬間、

ミスタが無知な男だと悟った。




「まぁ、いいや。

───ところでお嬢ちゃんはやけに都市法のこと気にするんや?『死神』って都市部とバチバチなんやないっけ?」



「大人の喧嘩には興味無い。

……ただ、規則は守らないといけないってだけ。」



「ふ~ん?」





その後も、2人の言い合い?は辺りが暗くなるまで続いた。ミスタはそれをぼんやりと聞きながら、ずっと景色と睨み合っていた。


───そういえば、体が全然痛くないな。


何も持たない彼には、そんなことぐらいしか考えられなかった。





         ・ ・ ・



「……さむっ……」

ユズリハがぼそっと呟く。


「……だな。」

ミスタが返す。



以前まで異様なまでの存在感を放っていた太陽は消え去り、辺りは一瞬にして闇に包まれた。

粘りつくような暑さはいつの間にか寒さに変化し、肌に突き刺さってくる。




「さて、今夜はここらで野宿かなぁ~、と」


男は慣れた手つきでテントを広げる。


「あ、安心して~。2人の分もあるから~。」


寝袋を両手にぶらぶらと揺らして、脳天気な声で続ける。





その夜は、3人で焚き火を囲みながら、砂漠狼の肉を頬張った。狼の肉は筋肉質で、お世辞にも美味いとはいえない品だったが、何日間か砂を食べて生活していた身からしたら、これほどのご馳走は無い。


しばらく無言で食事にがっついたあと、男が口を開いた。




「じゃあ、改めまして、僕はユダ。ユダ・ヒースって言うもんや。よろしくなぁ~」


「あ、この喋り方はじっちゃんと母さんの住んでるとこからちょっぴり移ったやつやから。気にせんといてな。」


「僕、治癒の適性持っとるもんだから、結構重宝されててなぁ~。普段は都市部みたいに病院がない村探して旅してるんよ。

いやぁ、ホント旅ばっかで大変よ~!まあ、そのおかげで君たちは助かったんだけどねぇ~」


「んで、今は里帰りの途中でな~。この砂漠ン中あるオアシスなんだけど……、」








「あの」





このまま永遠に喋り続けそうなユダを止めたのは、ユズリハの一声だった。



「私は眠いので先に休みます。

話の続きはそこの男にどうぞ。

おやすみなさい。」



その一切無駄な要素のない話し方は、ユダのそれと全く正反対であった。

返事も待たず、肩の辺りで緩く髪を結んだ少女はそそくさと自分の分の寝袋を奪ったかと思うと、テントに消えていった。





「……オモロい子やわぁ」

隣の男がぼそっと呟く。



しばらくは無言だった。火を強めようとユダが薪を動かした瞬間、彼のボサボサな茶髪に火の粉が飛び、

あちっと小さく叫ぶ。そんな光景を、ミスタは数分おきに何回も見た。



「……知ってると思いますけど、」


急にこんな話、おかしいとは思ったが、この男になら話せる。そんな気がした。


「……人をいっぱい殺したんです」





「……うん。噂で聞いとるよ。」





「俺は、ニケの───最愛の人の前で、何も出来なかった。」




「あのさ、それなんやけど、」

「それってミスタ君のせいなん?」




「え」




「だって、噂によると、魔力0なんやろ?じゃあ炎出したんも殺したんもミスタ君のせいやないやん。」




「でも、殺したのは事実で」




「───結果論って、残酷やない?

そりゃ最後は悪くてもさあ、その間の自分の悩んでる姿も、ちゃんと見ろやぁ!って思わん?」



「その点あの嬢ちゃんは結果が全てやろな。

たぶん君、相当あの子のキライなタイプやぞ」




「……」






「───なあ、君はその胸の中に一体どんな苦悩を隠してるん?

いい加減、出さないと潰れるぞ。

そんな芸当はもっとジジイになってからしろ」



……。



自分の中で、何かが、切れた。



───本当は。




「俺だって」








「俺だってこんな事するつもりじゃなかったんだよ、!!───ちくしょう、!!!!!!」



「魔力だとか都市だとかもう訳わかんねぇよ!」


「俺はなんも、悪くねぇ、!悪くねぇんだ!」




ただ俺は。


家族が好きだった。エドが好きだった。怖いジジイも、全然話したことないあいつだって、少しは好きだった。


ニケが好きだった。

艷めく黒髪も、胸が大っきいとこも、ちょっとつり目なとこも、優しいとこも、俺の事好きすぎて変なこと言いがちなとこも、全部全部大好きだった。


───大好きなんだ。



うぁぁぁぁ───ぁあ───ああぁぁぁ───……





彼の声はただ、虚しく砂漠に反響したのだった。






         ・ ・ ・


「おっす!!ユズリハ!!!元気かー??」



「……元気ですけど。

急に態度変わりすぎじゃないですか……?怖っ。


───……おはようございます」





「いやぁ、ミスタ君、よく寝てすっかり元気になったんやなぁ~……」

呑気にユダが笑う。





ユズリハはしばらく怪訝な顔をしていたが、何を思ったか、昨晩適当に縫い合わせたミスタの服の裾を乱暴に引っ掴んで手繰り寄せた。




「…………あの、この間は狼から守ってくれて、

………………………………。

ありがとう……ございます」





「……!」

「───おう!!」



「まあ、弱い貴方より私が戦った方が絶対速かったですけど。」



「おいこら」




「はいはい、おふたりさん

イチャつくのはその辺にして~。

そろそろオアシスやで~」


目の前では、美しい青色が姿を表し始めていた。






第2章へ続く。

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