第8話 ユズリハ
「……あっつい……」
隣の男は答えない。
ユズリハははぁ、とため息をついた。
(───こんなめんどくさい任務だと分かっていたら絶対引き受けたりしなかったのに)
暑くて暑くて倒れそうだ。
魔力で生成した氷で首を冷やしながら、遠くなる意識をなんとか引き戻す。ユズリハの魔力値は『死神』の中でもトップの67。氷の適性を持っているおかげで寒さには強いが、この暑さはさすがに守備範囲外だ。
(今すぐにでも帰りたい。
正直、暑さは本気の魔力を使えばどうとでもなる。
───それより。それよりも……)
……暑さ以上に彼女を困らせたのは、未だに落ち窪んだ、死んだような目でどこか宙を見つめている、
この男の存在だった。
この男が、嫌いだ。
彼女の全細胞がそう囁いていた。
……彼が村の人間を皆殺しにした事は知っているけど、なぜそんなに騒ぐ必要があるの?
むしろ私は普段任務でその倍以上を殺害している。
殺した犯罪者はみな極悪非道な者ばかりだし、何より任務だから、良心は痛まない。
しかし、『死神』である以上は、人間を殺したなりの自覚と責任はある程度待っているつもりだ。
───けれど、
なぜ自分の目の前の男はこんなにも被害者ズラをしている?
なぜこんなにも死にたそうな顔をしている?
自分で殺しておいてなぜそんなに後悔し、自分がさぞ醜い物の様に振舞っているのか、彼女には見当もつかない。
───じゃあ、普段から人を殺してばかりの私の存在も間違いだとでも言うつもりなの?
ユズリハにとってミスタの態度は、自分自身の『死神』としての任務を、『任務を遂行する』という彼女の存在意義を、侮辱している以外の何者でも無かった。
実際は、ミスタは元々村人を殺そうと思って殺害したのでは無いが、仮に彼が今ここで弁解したところで 頑固者のユズリハは聞く耳を持たないだろう。
脳内で怒りを爆発させながら、彼女の表情は一切変化を見せない。後ろを振り向きもせずに、ユズリハはズンズンと歩みを進めるのであった。
・ ・ ・
「……ぃ、」
「おい、」
後ろの男がかすれた声で何かを訴えている。
だが、砂漠の砂だらけの風を何日も吸い込んだせいなのか、声になっていない。
無視する訳にもいかず、いやいやながら振り向いた。
その瞬間。
「、、、ふせろ、!!!」
『バウ!!!!ヴヴヴヴ!』
2人───いや、1人と1匹の声が同時に重なった。
見ると、まるでユズリハが振り向く瞬間を狙っていたかのように、獣が砂埃をあげながら前足を振り上げ、砂漠を引き裂くような大声で威嚇した。
黒くてゴワゴワした毛、獣特有の臭い口と、そこから垂れ続けている汚らしい唾液。
砂漠狼たちは、自分のテリトリーに入ってきたならず者を排除すべく、まさに飛びかからんという体勢に入っていた。
(敵は弱い。でも数が多いから広範囲の魔法で……)
ユズリハは冷静だった。敵を把握した後、直ぐに戦闘態勢に入る。
「魔法詠唱。アイス……、」
「……きゃっ?!?!」
思わず、人生で出した事もないような声をあげた。
無理もない。
ミスタが獣との間に割って入ってユズリハを押し倒し、彼女の上に思いきりのしかかってきたのだ。
『俺に隠れていろ!!』
───なぜか、その男の声は、別人のような響きを含んでいた。
背中を向けた獲物に、狼は容赦なく襲いかかる。
「、、、だ、だめ!!!」
逆光で男の顔は見えない。彼の後方から獣が迫る様を、隙間からただ見ている事しか出来なかった。
(───何慌ててるの、こんな敵に。早くこの男をどけて魔法詠唱をしないと……。)
…………何で、体が動かないの?
彼の焼け焦げて黒く乾いた皮膚に、鋭い爪が食い込む。
───今までの疲れなのか、それとも先程の衝撃のせいなのか。彼女の意識はそこから徐々に離れていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます