第2話 ニケ

ニケ。

お前は完璧すぎるほど、良い奴だよなぁぁ。

いっつもニコニコしててさぁ、俺がショートの女の子が好きって言ったら合わせてくれてさぁ───……





夜、ミスタは支離滅裂な事を呟きながら、ニケに抱きついていた。

留まることを知らない涙が彼の顎元で大きな雫を作った。


2人用のテーブル、2人用のチェア、そして、2人用のベッド。集落に古くから残る伝統的な木造建築の家。

どれもミスタとニケの初お見合いの日にお互いの親族が資金を出し合い、プレゼントしてくれたものだ。悪い様に言い換えれば、本人達の意向を確認するより先に環境をセッティングしてしまい、無理やりにでも許嫁にさせる。そんな古くからの慣習である。




「……ふふ。」

普段は歯をみせて笑っている姿しか見せないミスタが、自分の胸に顔をうずめながら大泣きしている。

ニケはそんな今の状況に初めこそ驚いていたが、許嫁の弱った姿を目の当たりにして、次第に彼に対する愛おしさを噛み締めていた。



「なぁにがおかしいんだよぉぉ」



「ふふ、……ううん、何も可笑しくなんてない。……嬉しくて笑ってるの」



「……?」



「あのさ、こんな事言ったら、怒る?」



「……なに」



「私、ミスタの魔力値が低くて良かったって、ほーんのちょっと思っちゃった。

……ちょっとだけだよ?」



「な、なんで」




「知ってると思うけどさ、私ミスタの事、好きでたまらないんだよね。ミスタが私の事頼ってくれる。それが私の生きがいなの」




「……」




「ミスタのためにご飯を作るのも、服を洗うのも、仕事に送り出すのも、毎日すっごく幸せなんだ。

……ミスタの魔力が低かったら、もっと私が助けてあげられる。

都市部に行ったら尚更……」




頬を赤らめながら嬉しそうに話し出すニケの言葉を、ミスタは遮らずにはいられなかった。




「と、都市部??何でそこで都市部が出てくるんだ?」




その途端。ニケはハッとして、顔を青ざめた。

しまった、と思った。



───時は昨日に遡る



・ ・ ・





「私が都市部に、ですか?」

ニケが都市部の人間から研究職のスカウトを受けたのは、魔力値測定の前日だった。


黒いバンダナを深く被ったこの老人が、集落の長として都市部と連絡をとっていた事を、ニケは今更ながら知った。




「俺は都会の事はよく分からん。たが、これは‪”‬スカウト‪”という名の命令。

そう考えた方が良いだろう。

……都市部の奴らは相当な魔力を持っていて、研究の為なら犠牲もいとわないという噂だ。

逆らうとうちの集落が危機に陥る。

……申し訳ないが、……‬」




「大丈夫ですよ。

私の力が必要とされているならば、喜んで申し出を受けます。

それよりも心配なのは……ミスタの事です。」




「……彼も一緒に同行できるなら、文句は言いません。」




ニケたちの住まう集落は、大抵が他の土地から戦争で逃げてきた者、海に流されて辿り着いた者など、都市部の人間からすれば『ゴミの吹き溜まり』のような所である。ニケもまた、物心着く前にこの集落に流され、村人に育てられたワケありの1人である。

いつも周りの人間に頼ってばかりだった彼女に初めて出来た、己を頼ってくれる人。それがミスタだ。





ニケは、ミスタに依存していた。

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