第3話 最後の夜

彼女は、確かに‪”‬都市部‪”‬と口にした。ニケはしばらくなんでもないとやり過ごしたり、他の話題に転換する作戦を試みたようだが、ミスタはそれを許さなかった。しばらくすると彼女は観念し、うつむきながら事の顛末を話してくれた。


───私は魔力の研究要員として、都市部に行かなくちゃいけなくて、ミスタと一緒にって思ったんだけど、集落にもちゃんと掟があるからって、破ったらどうなるか分からないって、言われて、だめで、


次第に彼女の目には涙が溜まり、言葉は途切れ途切れになっていった。



と、思った瞬間、急にニケはミスタを押し倒した。彼女の口は嬉しそうに歪み、目は爛々としていた。


───怖い。

ミスタが自分の許嫁に対してそう感じるのは初めてのことだった。


「ねえ!」


「一緒に都市部に行こうよ!もうスカウトだとか、集落なんてどうでもいい。2人でさ、……逃げちゃおうよ」


ニケは自分の下にいる男の胸元をみた。彼が愛用している焦げ茶のバスローブははだけてほぼ上裸の状態であった。筋肉の筋に沿ってミスタの体を撫でてみる。

(皮膚、柔らかい)

たった数日の間に色々な事がありすぎて気持ちの整理が出来ていないのだろうか。大事な話をしているはずなのに、ニケの目はその胸元から離れようとしない。


『一緒には行けない』


少しの沈黙の後、ミスタはニケの目を見つめて、ハッキリと伝えた。


「馬鹿な俺だって都市部の恐ろしさは知ってる。もし逃げて奴らに見つかった時、魔力0の俺は、お前を守れない。それに……お前と同じくらい、この集落も大事なんだ。こんな立派な家まで送って貰った手前、集落を見捨てて逃げるとか……今は考えらんないんだ。」



「………………そっか。

うん。なんとなく分かってた。」




なーんだ、意外。ミスタってば、私の頼み全部聞いてくれる訳じゃないんだ、。

私もおかしくなってるのかな。あんだけ好きだったのに……、一緒に行こうって駄々こねるべきなのに、…………なんでだろ。


……死なれるのが怖いんだ、たぶん。

だって、都市なんかに行ったら絶対ミスタ死んじゃうもん。そりゃあもしミスタが攻撃されたら私が全力で守るけど……。



もっと強い女の子がいたらどうする?




あはっ……

ねえ、ミスタ?

私って弱虫なんだ。





「……しても、いい?」


その夜は2人にとって最も長かった。

ミスタが彼女のぬくもりを感じたのは、これが最後であった。

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