悛改のミスタ
猫野 おむすび
第1章 男の覚醒
第1話 無力の男
また同じ夢をみた。
さらりと長い髪に、美しいながらも、どこかあどけなさを残す横顔。
彼女の紡ぐ言葉は、炭酸を含んだ泡のように、すぐに溶けて消え去ってしまう。
知りたい。
俺は君を、以前どこかで───……
・ ・ ・
「───でさー、最近よく夢に美少女が出てくんのよ!」
ミスタは興奮気味に話す。彼の体が揺れるたび、その活発さを体現したような赤いスパイクヘアも、彼に相槌を打つように動く。
「……おまえさー、あんな可愛いニケちゃ……ニケさん居るくせに夢の中の美少女にまでご執心なワケ?ったく、最低な野郎だよ」
親友のエドはそう彼を揶揄したが、決して本心ではない。
ミスタは絶対に浮気をするような男ではないと、エドは1番理解している。
物事を何でも悲観的に見るエドと快活で楽観的な性格のミスタは、基本馬が合わない。だが、幼い頃に家族を亡くし孤独を生きてきたエドにとって、ミスタとの出会いは唯一の希望だった。
(なんだかんだ、お前は良い奴だよな)
「……おいエド。
なんだよ急にニマニマして……気持ち悪いな」
「はっ、はぁぁ?
今お前に感謝してたトコなんだけど?!
気持ち悪いって言った?!」
「心ん中で感謝されてもなんの事だかわっかんねぇよ!!言いたい事あんなら口で喋れってんだ!だいたいなぁ……ッ」
「おい」
「次。エド・ホープネス」
突如、低い声が2人の会話を切り裂いた。
「お前ら。ここは神聖な魔力計測の場だ。……ガキの喧嘩ならよそでやれ。」
頭を黒いバンダナで覆った老人が、今にもお互いの胸ぐらに掴みかからんとする2人を静かに睨んだ。若い頃は熊でさえ震え上がったというその眼光は、まさに獲物を狙う猛獣だった。
「「……はい」」
エドは不完全燃焼に若干イラつきながらも、計測台の上に右手をかざした。
『魔力値───5 適性 水』
「計測終了だ。平均より高めだな。水の適性も珍しい……見どころはあるかもな。」
「……ぁッ、ぁりがとぅござぁいすゥ!!」
今まで淡々と計測していたのに急に話しかけられたせいで、思い切り声が裏返った。
次に並んでいたミスタがニヤニヤ笑っているのが見える。
(あいつ、絶対殺す……)
「次。ミスタ・ハルト」
「おいっす!!!」
ミスタが計測台に上がる頃には、エドに対する怒りはどこかに吹っ飛んでいた。むしろ先程のエドの醜態を見て、さらに好感を抱いていた。
俺の計測が終わったら、あいつを思いっきりからかってやろう。
呑気にもそんな事を考えていたのだ。
「魔力値──────0。適性なし。」
「………………へ、」
「えっと、」
「……まじ?」
「……魔力値優先社会の都市部に生まれてないだけ良かったな。」老人がやっと絞り出した言葉は、それだけだった。
・ ・ ・
ニケちゃん魔力値15だってよ、
こりゃー都市部からスカウトされるわけだわ。
めんどくさい事に巻き込まれてかわいそー、
この集落の知名度も少しはあがるかなぁー、、
───隣の計測所から出てきた村人のざわめきが聴こえる。
ニケ。
その単語を聞きつけ、呆然としていたミスタの耳には聴力が段々と戻ってきた。
ニケに会いたい。今すぐに。
ミスタは走る。
いつも明るい性格でまわりを笑顔にするムードメーカーは、今や彼女に慰めてもらうため走る、無力な男であった。
彼女を殺す、あの日までは。
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