第4話<75.0% 堕天使の理由>

バタン

大きな音を響かせながらユウナさんは家から出て行った。

一体なにがあったのか、自分の中では一瞬にしか感じなかった。

玄関の方をユウナさんが出ていく所までずっと向いていた自分の顔を部屋の方に向き返した。

そして、なにか自分の家ではないものがある事に気づいた。

先程ユウナさんが飛び込んだベットに明らかに自分のではないデコレーションされてるスマホが置いてあった。

呆れながらも、咄嗟の判断で玄関に行き靴を履いて外に出た。

その瞬間「パチン!」と大きな音と「あぁ」という女性の悲鳴が聞こえた。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい...」

「なんで毎回帰る時間が遅いんだよおオラァ!!」

なにか柔軟で硬いものを叩くような音が響き、また女性のうめき声が聞こえる。

ここからでは見えない。

とにかく下に降りてその声が聞こえる方へと体を向けた。

そういえば、もう日がとっくに落ちて街灯が道を照らしていた。

白い光に照らされた夜の中を走り始めた。

途中の交差点のない分かれ道があった。

その右側を向いた。

そこには男性の背面と顔が隠れたピンクと黒色の服を着た女性が地面に這いつくばっていた。

「お願いです...私を愛してください...私を...愛して...」

「うるっせぇな肉便器がよ!お前とのXXXはとっくに飽きたんだよ!もともとセフレだった分際が、イキがって彼女気取りしとって」

男性は脚を引いて女性を蹴った。

「ごめんなさい王子様...」

その時女性の顔が上がり、素顔が見えた。

王子様。

妙に頭から離れない身に覚えがある言葉と、前々日に見たあの地雷で清楚な美しい顔が、赤く腫れ上がっていた。

『ぉぃ』

『おい』

!?

『おい!あいつを殺せ』

「...はい」

自分の内面に持つ精神的な心ではなく、物理的に見えるグロテスクな心臓から命令が来た。

その命令がおりた瞬間、すぐに一歩を踏み出して、あのクソ男に向かって走った。

今のユウには聞こえない本音が赤血球のサイズで見えた。

いつもはそんなに積極的で怒りっぽい性格ではない。

でも初めて出会った守りたい存在・違う道で生きるべき存在に奥底で幸せを願っていた。

そんな、社会の闇に閉ざされた宝石に磨きもせず、ただ自分の私的欲求の為に放置して傷つける奴に、心が刃を出した。

そして、クソ男の目の前まで来た。

まず一発、あいつの顔面に自分の経験を積んでやった。

崩れた体勢になったクソ男を俺の方に引っ張り倒して、地面に叩きつけた。

経験を積み、また経験を積んだ...

いつの間にか、一生分の経験を積んでいた。

俺は男の目の前から離れ、動けなくなってる女性...ユウナさんを肩に乗せた。

急いで、自分の家まで運んでいる。

耳元から泣いてる声が聞こえる。

「ごめんなさい、ごめんなさい...」

小さく弱った声で誰かに謝っている。

自分が情けなく、クソ男に怒りの感情が湧いてきた。

もう感情がカオスになっている。

心の中にはまだ、法に囚われた自分がいるせいなのか、声を出さずにとにかく我慢をした。

アパートに着き、鍵のついていない部屋を開けて、土足のままベットまで行きユウナさんを寝かせた。

「ユウナさん、家で待っててください。今、医療具を買ってきますので。」

近くの薬局で消毒とガーゼ・塗り薬を買いに玄関に行こうとしたら、

「王子様...行かないで...お願い...」

小さくかすれているような声で止めてきた。

この一言の重みは大きく、自分が今するべき事をもう一度考え直させられた。

でも、瞬間的にユウナさんに寄り添う事を優先した。

「一緒に寝てほしい...です」

今はユウナさんの傷を精神から治す事にした。

ユウナさんは、窓側の方を向いているところ、自分は玄関の方を向いて寝っ転がった。

そうしたら、ユウナさんは俺の背中らへんを片腕で包み込んできて、頭を付けた。

そのままゆっくりと寝てしまった...


目が覚めた。

目の前の景色は奥の方にある玄関が見える。

そして、背中の方には肌のぬくもりを感じる。

たぶん、昨日からなにも体勢が変わっていない事をボーっとしてる頭のなかで理解した。

そのボーっとしている頭の状況で、昨日何をやろうとしていたかを思い出した。

思い出したとともに、頭と体が起きた。

黙って出るのもユウナさんが可愛そうなので「いまから出かけてきます 家で待ってて下さい。」

玄関の方に行った。

携帯電話、財布、家の鍵 最低限の物を持ってるか確認した。

靴を履いて、鍵を閉めて外へ出た。

薄い青空が広がっている早朝。

流石に薬局はやっていないので、コンビニに行ってみることにした。

昨日の居酒屋の近くにあったはずなので歩くことにした。

少し肌寒い時間帯。

息を吐くと白い息が昇った。

少し長い道を歩く。

歩くたびに歓楽街が見える視界が近づく。

そして歓楽街についたので道を曲がりコンビニがあるところまで進んだ。

周りにある閉店した店の端っこで、酒に酔っている中年男性や若者がたむろしていた。

ゴミなどが散らばる治安の悪さでそこそこ有名だ。

そんな道を呆れながら歩いて、コンビニに着いた。

自動ドアが開き、買い物かごを持って、多分応急手当があるだろうと思うコーナーに行った。

入ったすぐ横に電池とかバッテリーコードとか、電化製品を売っているコーナーの隣に売っていた。

そこで、包帯と塗り薬、絆創膏などを買い物かごに入れた。

今度は飲み物が置いてある冷蔵庫に向かった。

お茶、水、スポーツドリンクもかごに入れといた。

熱を出しているわけでもないが一応入れといた。

自分の分の飲み物を買おうとしたところ、トイレが流れる音と水道水が流れる音が小さく聞こえた。

そして、隣のトイレのドアが開いた。

一瞬だけ顔を向けて、また冷蔵庫にあるペットボトルを見たが、僕はもう一度そちらの方に顔を向けた。

そう、まさかのハラコウがいた。

げっそりとした顔で彼はトイレから出てきた。

思わず声をかけ

「おいハラコウ。お前どうしたんだ」

心配しながら状況を確認した。

「ぇぇ、ミヤユウじゃないか...いやぁ...飲みすぎて...気持ちわりぃ...」

まるで爺さんのかすれた様な声だった。

「ごめん、俺に水を買ってくれ...」

なので仕方なくかごに入れてやった。

すぐに会計を終わらせ、外に出てハラコウに水を渡した。

「ありがとなぁ...」

最後まであいつはかすれた声だった。

つまりおっさん確定だ。

そんなことよりあいつのことが心配だ。

まだ寝てるならいいのだが、起きてどっかに行ってたりしてたら、困るし心配だ。

すぐに着き、ドアに鍵を差し込んだ。

『カシャ』

??

鍵を差し込んで回したが、開く時の重い感覚がない。

青ざめた。

ドアを開けて土足のままベットのところまで行った。

悪い予感は妄想の中で留めたかったが、現実はこういう時にだけいい意味でも悪い意味でも奇跡を起こす。

もう一度ドアの方に走って外に出た。

また階段を降りて道路の真ん中に立った。

周りをキョロキョロ見渡しながら、ユウナがどこにいるのかを考えた。

昨日、殴られていた場所まで走ってみた。

けどそこに居たのは警察官だった。

遠くからだが警察官と目が合った。

こちらに向かって歩いて来た。

やばいと危機感が全神経に伝わった。

素早く反対方向に向かって走った。

「おーい君!ちょっと...」

遠くから足音と声が聞こえてくる。

そんなものはどうでも良いと言うくらいに走った。

「王子サマーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーー」


「え」


その声は先程警察官がいた方向から聞こえた。

流石に予想外すぎて走るのをやめて、振り向いた。

薄明るい今朝の青空をバックに警察官がいる所より遠くから走って来ている。

ユウナは自分の目から出てくる深い「愛」がこもってた涙を腕で拭き、こちらに江ノ電を追いかけるぐらいの勢いで走って来てる。

そのうち警察官を追い抜いた。

ユウナの息切れがこちらまで聞こえるくらいの走りだった。

そして僕の所まで来た。

僕の胸とお腹のところにタックルして来て、泣きわめいた。

「おぉぉぉおうじさまぉあぁぁぁ...ぁぁぁぁぃ居なくなると思って、怖くて、心配で、悲しくてぇぇぇっぇぇぇっぇわたぁぁしすてられうとおもってぇぇ...」

彼女の感情は爆発していた。

その泣きわめく声の後ろには警察官が来ていた。

「あぁ...んん、そこの青年さんちょっと警察署まで来れますか?その子も連れてです」

僕は承諾した。

警察署まで行き、軽く事情聴取をされた。

「何があったのか」とか「どんな状況だった」とかまだ目に残像がある程度の事を話した。

もちろんユウナさんに暴力を振るっていたクソ男も言ってやった。

別にそこまで長く話されることもなく、逆にクソ男の事を教えてくれた事に感謝してるくらいだった。

すぐにユウナを連れて家に帰り始めた。

僕が一人でに歩き始めるとユウナさんは、俺の手を握ってきた。

それは、強く 優しく でも酷く冷たい手だった。

そして、横顔が腕の方に倒れて来た。

ユウナさんの見えない心臓はもう性と酒で黒く染まっているように感じた。

僕達の表情は見えなくていい。

ただ背中姿を見ていればいい。

こんな酷く泣く姿なんかは映さなくていい。

背中だけで、想像するだけで十分すぎる。

それはユウナへの思いだけではなく、好きになってしまった人を救えなかった自分への気持ち悪さと罪悪感、責任を映したくなかった事でもある。

このままでもいい。

でもこのままではダメなんだ。

自分に強く願った。

アパートに帰り、家の扉の目の前まで来たところでユウナさんが話しかけてきた。

「あのユウさん。やっぱりわたし、ユウさんとはもう関わらないようにします」

突然の事に言葉が出なかった。

「わたし、やっぱり気づきました。自分はこのままじゃダメですよね。わかっていたんですけど、わかっていたんですけど........わたしはやっぱり愛が欲しいんです!わたしを殴ってた人も、そういう一面を持っているけど、わたしを愛してくれてたんです。愛して...くれてたんです...」

声を震わせながら、背中の僕の服を握りしめていた。

「あと、もうユウさんには関わらないようにしようと思うんです。もともと私が悪いんです。ユウさんの玄関前で酔っていた私が居なければ、あなたともうこんな目に遭わなくても良いですし、いつもの生活に戻ると思うんです...」

「それは間違っている!ユウナ!!」

後ろ姿のまま怒鳴った。

「そんなの違うよ。君だって、愛されてきたとか愛が欲しいとか言ってるけど、君の愛の形は違うよ!そんなの愛じゃない。あと俺はお前の事が好きなんだよ!」

「!」

「だからこそ君を、こんな価値観をぶっこわしてやりたいんだ。だから一緒に、堕ちてみないか?自分が知らない美しい世界に」

「...」

沈黙が一瞬できた。

それで後ろを振り向いた。

彼女まだ下を向いていた。

「私は...」

上を向いた。

「私は邪魔者じゃないんですか?」

「違う。君と違う道を辿って出来上がった愛なんだ。だから、君の目線だと少し嫌がれるかもしれない。けど僕は、君を幸せにできる自信がある。」

「愛って、いったい」

「自分で体験して見つける。ただ、人生を広げていく事」

「それってやっぱり難しい...」

「だから僕が君を導くよ。行こうよ、人生の色んな場所に」

「え」

「明日さ、早速行ってみようよ」

部屋に土足で連れて行った。

僕はベットの下にある段ボールを取り出した。

ガムテープを無理矢理剥がして、中を漁った。

そして取り出したのはアルバム。

ペラペラめくり確認してユウナさんに見せた。

「自然に埋もれてみようよ」

見せたのは、家族と旅行した時に撮った数百枚もある写真。

あと、たまたま目に映った幼稚園の写真。

そこに広がっていたのは僕の何気ない笑顔だった。



次回<100%前編 地雷の綺麗な堕とし方>

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