願いが叶った後は
三鹿ショート
願いが叶った後は
学生時代は、良いものだった。
自分が努力した結果が、目に見えるからである。
勉学に勤しんだことで試験の点数が良いものだったならば、喜びを感じた。
論文の出来が良ければ教授から認められ、そして学術雑誌に掲載されることで、私に対する周囲の評価が高いものと化した。
だが、学生という身分を失うと、何のために努力をするべきなのかが、分からなくなってしまった。
熱心に働いたとしても、それに応じて特別な手当が出るわけではない。
有名な会社に勤めたとしても、同じような場所は他に幾らでも存在している。
貯金の目標を決めて働き続けることも良いだろうが、その途中で生命を失うような目に遭ってしまった場合、それまでの働きが無意味なものと化す。
夢でも持っていれば、このような思考を抱くことは無かったのだろう。
しかし、たとえ夢を持っていたとしても、それが叶ったとき、途端に空しくなってしまうのではないか。
ゆえに、夢を持っていない方が、淡々と生きることができるのではないか。
だが、その場合、私は何のために生きているのか、分からなくなってしまう。
人類が存続するために、少しでも子孫を残すべきなのか。
生活を豊かにするために、少しでも多くの金銭を得るような仕事をするべきなのか。
どれほど考えたところで、結局はこの生命が終わってしまえば、それまでである。
夢を持っていようとも、無為に過ごそうとも、結末に変わりは無い。
だからこそ、人間は好きに生きているのだろう。
夢も持たず、生きる理由も思い当たらない私は、今日もまた、何の刺激も無い時間を過ごす。
特別な欲望を抱いていない私は、我ながらつまらない人間だった。
***
このような私に対して好意を抱くなど、彼女は変わった人間だといえる。
しかし、彼女は今の私に対して好意を抱いたわけではない。
学生時代における、ひたむきに努力を続けていた私の姿に心を奪われたために、愛の告白をしてきたのだ。
今では見る影も無いのだが、それでも彼女は、私と過ごす時間を楽しんでいるようだった。
学生時代は気にすることもなかったのだが、成長し、思考が変化した今、私は彼女に疑問を投げかけた。
「きみは私と、今後はどのような関係を築いていきたいのか」
そのように問うと、彼女は頬を赤らめながら、自身の望みを語った。
何時の日か、私と結婚し、子どもを儲け、やがて多くの人間に看取られながら生命活動を終えたいらしい。
日常生活における具体的な望みが語られなかったために、私はそのことを訊ねた。
彼女は首を傾げると、
「そのようなことを、一々考える必要は無いでしょう。大まかな願いを持ち、余計なことを考えず、肩の力を抜いて日々を過ごせば良いのです。全ての物事の結果に一喜一憂していると、生きることが辛いものと化してしまいますから」
大雑把な人間だと思ったが、他者の生き方に口を出せば、余計な争いが生まれてしまう。
ゆえに、私は彼女に首肯を返すに留めたが、理解することができなかった。
願いを持っているあたり、その点においては私と彼女には大きな差異が存在しているものの、それ以外においては大差ないではないか。
だが、彼女は実に楽しげに日々を過ごしている。
それは、好意を抱いていた私と共に生活していることが理由なのだろうか。
もしくは、大まかではあるが、願いを抱いているからなのだろうか。
彼女はその願いが叶った後のことは考えていないようだが、私はどうしても考えてしまう。
このあたりが、人生を楽しく生きることができる人間と、そうではない人間の差異なのだろうか。
彼女の言葉は、私を余計に混乱させるものだった。
***
望み通り、彼女は多くの人間に看取られながら、旅立った。
その表現方法は異なるが、それぞれが悲しんでいる中で、私もまた、喪失感のようなものを覚えていた。
それを感じたとき、私は彼女の言葉の意味を理解した。
意識していたわけではなかったが、私は彼女との生活を楽しんでいたのだ。
ゆえに、私は悲しんでいるのだろう。
特段の夢も望みも抱いていないにも関わらず、このような感情を抱いたのは、彼女の功績といえる。
だからこそ、彼女がどれだけ素晴らしい存在だったのかを、私は多くの人間に語っていこうと決めた。
人々が彼女のことを知り、称えることこそが、私の望みだった。
たとえそれが目に見えるものではなかったとしても、己の行動には意味が存在しているのだと信じて、私は彼女について語っていく。
この願いが叶った後のことなど、考える必要はない。
何故なら、この身が滅ぶまで、私は夢に向かって邁進するからだ。
まるで学生時代に戻ったかのようだと、思わず口元を緩めた。
願いが叶った後は 三鹿ショート @mijikashort
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