hero 〜または暴虐〜

「ちぃっ!!」

 カムリは、ライフルの銃口を男に向ける。

「警備用ロボットのを簒奪してきた訳か」

 ダダダダ……!!

 引き金を引き絞る。連射された弾丸がブラック・ブレイズを襲う。


 しかし、彼の纏うアーマーが弾丸を全て弾いていた。

「残念だが、俺の特殊鎧装は相模製の特注品でね。ただの銃弾でやられるほど弱くは出来てない」

 そう言って彼は貫いた箇所から両手で無理やり扉をこじ開ける。


 人間かと疑う程の強靭な腕力が、徐々に扉を開けていく。

「ちぃっ…パワーアーマーかよ」

 カムリの言葉はエレベーター内のエラーを知らせるブザーによって掻き消される

 

 扉は、どんどん歪んでいく。

 もしエレベーターが動いていたら、まるでギロチンのように腕が両断されていたかもしれないというのに。


「流石の執念だな……本当にどこまでも逃がさねぇってことなのかよ……!!」

「当然だ」

 ガコン、無理に開けたエレベーターの扉が完全に開けられた。

 扉は原型を留めていない。


「悪を滅するのが俺なのだからな!!」

 咆哮と共に殴りかかるブラックブレイズ。


 狭いエレベーターの中で避けるカムリ。

 ブラックブレイズの拳がエレベーターの壁を砕く。

 カムリは手に持ったライフルをブラックブレイズの身体に押し付ける。


 引き金をいっぱいに引き、ライフルが連続で火を噴く。

 至近距離での連射。


 だが、アーマーを前に弾丸が弾かれてしまう。

 弾かれた弾丸は銃身に入りライフルを暴発させた。


「言っただろ。ただの弾丸でやられる程、弱くは出来てないとなぁっ!!」

 ブラックブレイズの渾身のアッパーがカムリの鳩尾に入る。


「かっ……は!!」

 意識が飛ぶ程の一撃。壁を抉る拳を人体に当てたのだ。

 損傷軽微な訳がない。

 壊れたライフルを取り落とすカムリ。

 目の前がストロボを当てられたかのように真っ白になる。


 明滅する視界の中でカムリは襲い来る拳を避ける。

 そして、懐から緋色の拳銃を取り出す。

 2発、アーマーのヘッドの部分に弾丸を当てる。


 弾かれるが、衝撃で引き剥がす事は出来た。

 その隙にカムリはエレベーターから出てブラックブレイズとの間合いを取る。


「はぁ…はぁ……」

 痛みを堪えながらブラックブレイズを睨む。

「その拳銃……そうか、お前が掃除屋“イーグル”……」

「知らねぇで襲ったって事か」

 カムリは大きく息を吐いて血の混じった唾を吐き捨てる。

「お前は、この区域の法規を破った。どちらにしろ俺が裁くべき敵であることに変わりない」


「生憎だが、俺だってお前に関わるほど暇じゃねぇんだよ」

 そう言って、カムリは緋色の拳銃をブラックブレイズに向ける。

「そうか……だが、こちらとておめおめとお前を見逃がす訳にはいかなくてな」


 ブラックブレイズは、手首に付けたブレスレットに触れる。

『set weapon』

 機械音声と共に彼の手に現れたのは、鋼色をした棒。

『boot』

 鋼鉄の棒から蒼い光が伸びる。

「SMLパルスブレード……」

 SML——サツマ式メタルレーザー。南方の火山都市サツマの製鉄技術とシティの技術が集ったレーザーブレード。

 性能は一級品で戦車まで断ち切る事が出来るが、人が扱うには過ぎた能力に危険性を感じた県知事が強力なサツマ式光剣シリーズを全て輸入禁止にしたのだ。


 光の刃が放出される。

 その姿はまるで大太刀。

 凶悪な一振りがカムリを捉えていた。

「違法規格品か。ヒーロー気取りがそんな危なっかしいモン振り回すな」

 背負っていたショットガンを一回転させて、銃口をブラックブレイズに向ける。


 ダァン!!


 部屋中に響きわたる鈍い銃声。

 だが散らばった弾丸はブラックブレイズの肉体に当たる事なく、閃光の斬撃に全て斬り伏せられた。

 その軌跡が壁を断ち切る。


「チィっ!!」

『カムリ、どうしたの』

 ショットガンが、“J”が心配していた。

「少し緊急事態が起きた、そっちはどうだった」

『ごめん、どこも探知できなかった』

 その言葉に絶望しようにも、今はそれすらも許さなかった。


「……分かった。じゃあコッチを手伝ってくれ」

『うん』


 カムリはショットガンを回して、撃鉄を起こす。

「“掃除屋”イーグル。シティを駆ける人喰い鷲と呼ばれた殺し屋……それが何故、新世代のイレギュラーと共に行動する?」

「俺はただの手伝いだ。別に俺自体に目的はねえよ」

 カムリは引き金を引く。

「そうか……いつまでも飼われ続ける人生を望むか」

 ブラックブレイズの持つパルスブレードが横に薙いだ。

 銃口から飛び出す散弾は蒼光の前に消えていく。


 そしてカムリに目掛けて飛んできたのだ。


 カムリはしゃがんで回避するが、斬撃は壁にぶつかって抉られた箇所から外の景色を映し出していた。

「お前が籠の中に居座るのは構わない。だが、お前は今シティの運命を左右する戦争に片足を突っ込んでいる」

「……戦争?」


 ブラックブレイズは、深いため息を吐く。

「何もかも無知のままで、ただ従うだけの人生を歩むというのなら——」


 怪訝な表情を浮かべるカムリ。

 ブラックブレイズはパルスブレードの出力を最大にして、柄を逆手に持つ。


「今のお前に語れるモノは何も無い」

 そう言って、彼は床を両断した。

「だが、一つだけお前に告げるとするならば」

 スパンと部屋が断ち斬れて、崩れ落ちていく。

「お前の元上司、ジョセフ・ワーグナーは死んだ」


 カムリの顔が蒼白く染まる。

「……っ、テメェぇぇっっ!!」


 殺意のこもった視線を送るも、斬られた部屋の一角と共に落ちていくカムリ。

 落ち際に撃った拳銃の弾丸もブラックブレイズの横を通り過ぎるだけで終わる。


 徐々に遠くなっていく瓦礫を眺めるブラックブレイズ。

「また、逢えるならその時は全力でお前を裁く」


 伸ばす手も届かず、ただ空を掴むばかり。

「くっ……そぉっ!!!!」


 6メートルの高さから風を受けて落ちる。

(ここで、死——)


『イーグル!!』

“J”の声が目の前に。

“J”の顔が目の前に。


 ただ、彼女の悲しい顔が大きく映し出されている。

 死に際に来た得体の知れない少女。

 そんな彼女の復讐の為に動いている。


(甘いな、俺は)


 加速していく中で、スローになっていく彼の終わり。


Dear my eagle親愛なる鷲へ

 ふと、脳裏によぎる一つの言葉。

 忘れ去る事の出来ない、刻印。


 すると持っていた緋色の拳銃から枝が伸びる。

「なっ……!?」


 拳銃と同じ緋色の枝が彼の右腕に絡みつく。

 困惑するカムリを他所に緋色の枝は壁へと貼り付いていく。

 瓦礫は爆発音を上げて、地面へと落ちていく。

 あと数秒遅ければ自分もあの瓦礫と同じようになっていた。


 ただ、カムリは瓦礫よりも中から生えた赤い枝に唖然としていた。

「……コイツは」


 カムリはバイクを走らせ、寝ぐらへと戻る。

 二人は何も言わずに黙々と今日の残りを過ごす。


“J”の中で響いていた救難信号はすでに消えていた。

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