hunter 〜凶暴、対抗〜

 翌日は朝から空気の重たい曇天だった。

 ブゥゥゥゥゥン……

 街中をかける一台のオートバイ。


『そこを右に曲がって』

 ナビゲートしてくれているのは背中のショットガン。

 カムリは従うがままに右折する。

「なぁ、“J”。本当にここで合ってるのか?」

『ここで合ってる。信じて』

 芯のある声にカムリは頷く。

 今は彼女を信じるしかなかった。


 サウス・リトル・ロフト。

 リトル・ロフトの南側にある区域。

 住宅地の並ぶこの土地は、シティの高所得者のみの街として存在している。

 シティ議会の議員や企業の社長、高官達といった“お偉いさん“が集っているのだ。

 

 つまるところここは非戦闘地域

 役に立たないシティの警察もこの地区の警戒だけは厳重にしており、銃火器は持てても発砲は御法度。


 銃乱射は逮捕、実刑は確実。


(さすがにココでゴタゴタを起こすのはまずいだろうな)

 オートバイの上で思考を巡らすカムリ。

(ジョセフが、ここに……まぁ納得は出来るな)

 身を隠すなら非戦闘地域であるココに潜伏するのが一番だ。


 だが、今日はあまりにも静かすぎる。

『イーグル、どうしたの?』

「わからねぇ。ただ、何かがおかしい」

『何かって……なにが?』

「それが分からねぇ」

 その不穏の静寂が街一帯に広がっていた。


 その時、

 前方の家屋が崩れ落ちる。


「……おいおいおいおい」

 慌ててバイクのハンドルを切ってドリフトしながら停止するカムリ。


 土煙の中から現れる巨大な影。

 そこにいたのは——

『熊……?!』


 全長5mはあろうかという巨体の熊が静寂の街中を闊歩していた。


 リトル・ロフトの南部はほとんどが山。

 野生の獣が山地から下ってくる事は頻繁に起きている。

 理由はシティの開発による山地の減少。

 要は餌が少なくなったのだ。

 こういう獣は大体が駆除されるのだが、動物愛護団体の妨害により猟師かは退去させられた。

 ここが銃火器禁止の理由もその思惑があってこそ。


 だが、それでも熊はシティにいるはずがない。

『一体、どうして』

「どっかの金持ちのペットだろうな。全く」


 熊の口に咥えられた人の脚のようなモノがバキバキと砕かれていく。


 経緯はどうあれ、ここの人々はこの熊を放置していた訳である。

 そして、当然のように人を喰らい殺している。

 あまりにも、危険すぎる。


「“J”。お前、熊は殺れるか?」

『多分、いける』

「OK!!」


 背中に担いだショットガンを熊に向ける。


 熊の飢えた視線がカムリの方を向く。

「ぐぅおおおおお!!!」

 咆哮。そしてカムリに向かって突進する。


 しかしカムリは怯まずに前へと駆け出した。

 回転。そして照準を熊の顔に向ける。


 屈強な熊の掌がカムリに向かって振りかぶられる。

 それをカムリは、地面の上を滑って避ける。

 同時に熊の真下へと滑り込むと、ショットガンで熊の喉元を撃った。

 至近距離の散弾を1発。


「ご……がぁぁ……」

 熊は動きを止めてその場に倒れる。

 喉元から血が滴り落ちる。


『終わり?』

「まだ、撃つ」

 そう言ってカムリは熊の腹を撃ち続ける。

 音が聞こえないように、毛皮に銃を押し付けながら、引き金をひく。


 数分して、熊の死骸から現れたのは血を大量に被ったカムリ。

「誰かに見つかる前に逃げるぞ」

 そう言ってヒリヒリと痛む腰を伸ばす。

 アスファルトの上でのスライディングはなかなかに痛かった。


 カムリは横転したオートバイを起こして乗る。

「何でも生かすのが正解じゃねぇんだよ」

 熊の死骸の横を通り過ぎながら、血塗れのまま住宅街を駆け抜けた。


 カムリが熊を斃して、去った後。

 巨大な骸を前に一人の男が立っていた。

「通報が入ったから、来たかと思えば——-」

 熊の死骸を見下ろしている。

 黒いスーツの男。その隣には赤髪の少女。


 汐留ユウキと“A”。

「熊……シティには分布していないはずなのに」

 手首に着けているブレスレットがギラリと光る。


「しかし危険だったとはいえ、街の秩序を乱した者は排除しなければ」


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