compensation〜規格外、代償〜
リトル・ロフト
夜道を歩いて帰宅したカムリは、玄関に入った瞬間に膝をつく。
「ぐっ……がはっ……!!」
身体中が痛みで動かない。
肺を潰されたかのような息苦しさとゴミに突っ込まれたかのような嫌悪感がカムリを襲う。
やはり、限界を迎えていたようだった。
「カムリ……」
「……っく、問題ねぇよ」
軋む心臓を抑える。
血液が煮えたぎるほどに熱い。
「……やっぱり、“
“J”は申し訳なさそうにカムリの背中をさする。
彼女の言う
擬似的に少女兵器と一体化を行うことにより、カムリの身体機能を強化した状態で、更に次代少女兵器のそれぞれが持つ独自の能力が付与される。
しかし接続を行うと同時に身体に猛烈な負荷がかかり、一度でもアダプトを解除すれば頭痛や吐き気、心拍異常が起こる。
今のカムリでも10分維持できればまだいいという状態。
無理して徒歩で歩いて帰れただけでも、余程の幸運なのだ。
「いや……しなけりゃ確実にやられてたんだ。選択は間違ってない」
壁に寄りかかって息を吐く。
「だから、お前が心配する事はない。大丈夫だ」
そう言って、“J”の頬を撫でるカムリ。
風に晒された彼女の冷たい頬を掌にあてる。
「……イーグル?」
「俺は、お前に心配をかけられるほど弱くねぇよ」
ニコリとぎこちない笑みを浮かべる。
カムリに少し、昔の——嫌な記憶が頭の中によぎった。
“あなたは……強いわ”
顔はわからない。それでも優しい声が響いている。
「イーグル……どうしたの?」
“J”の声が彼の意識を現実に引き戻す。
「……なんでもねぇよ」
「そう……」
カムリは大きく息を吸って、吐く。
そして、立ち上がって腰をそらす。
「もう、大丈夫なの?」
「問題ねぇ。少し座ったら楽になった」
カムリは元気よく腕を動かして料理を作ろうとする。
だか、その足は少しふらついていた。
“J”は、台所へと向かうカムリの背中を見つめる。
「今日は、カレーでも作りますか」
そう言って取り出したのは、レトルトのカレーだった。
そんなカムリを見て、“J”は呆れつつも少し安堵した。
しばらくして、台所に広がる香辛料の匂い(というよりカレールーの匂い)が広がる。
「カレー……ねぇ」
「そういえば、“J”ってカレーを食った事ってあるのか?」
カレーを机に置いたカムリが尋ねる。
“J”は細い腕を組んで頭を傾げる。
「ある……ない……いや、あったっけ?」
「なんでそこは曖昧なんだよ」
「……むぅ、記憶にはあるけど、体験としては初めて」
そう言ってカレーを口に運ぶ。
「つまり、初めてって事か……辛いのじゃねえ方が良かったかな」
途端に“J”は机の上で悶絶し始める。
「か、辛い……というよりベロ痛い」
やっぱりなという風に悶える“J”を眺めるカムリ。
コップを両手で持ち、水を飲み干す“J”。
「すまねぇな。俺はレトルトカレーといえば大辛なんだ」
「……配慮ないのね」
「そうだったな……すまねぇ」
そう言ってカレーをかき込むカムリ。
というか、身体にダメージを受けている上で大辛のカレーは異常じゃない?
そんな事を“J”は思いつつも、平気で食べてるカムリを見て考えるのを止めた。
ふと、カムリがスプーンを動かす手を止める。
「……ジョセフが、よく作ってくれてたなぁ」
零れる吐息。
あれから、裏切りの理由を考えてきた。
“忠実が故に犯した間違い”。
(俺は……何を間違えた……?)
いくら考えた所で答えはジョセフにしか分からない。
「……ジョセフを、探しているの?」
“J”がカムリを覗き込んだ。
「……知ってるのか?」
「ええ。路地裏であなたを撃ち殺してた」
「知ってるのか」
「ええ。後ろで見てたから」
その言葉に目を瞠る。
あの時、ジョセフが去った後に“J”がいたのは偶然ではなかった。
「ワタシはジョセフに連れてこられたの」
「ジョセフに?」
「ええ」
こくりと小さく頷く“J”
「ジョセフは身寄りのなくなったワタシを保護してくれた。あなたの事もたくさん話していたわ」
「ジョセフは次代少女兵器を知っていたのか?」
「ええ、知ってた。ワタシの事も残りの3人の事も、凍結された22人の事も」
兵器だと知った上でジョセフは保護していた。別に売り飛ばせば良かったものをわざわざ。
なら何の為に?
それを知るには、やはりジョセフを探さないといけないのだ。
「“J”はジョセフが今どうしてるのかとかって知ってたりするのか?」
「そこまでは分からない……けど居場所は知ってる」
信憑性は低い。
それでも、当てずっぽうで探すよりは断然マシだった。
だが、もしも自分の知っているジョセフだとしても……その時は敵だ。
果たして真実を聞く事が出来るのかすらも分からない。
逡巡してしまうカムリ。
しかし、ここで躊躇してしまえば二度とジョセフと会える気がしない。
そんな気がした。
「……行こう、“J”」
迷いながらも彼は、決断した。
“J”は小さく頷く。
「分かった。でも、今は疲れてるでしょ?今日は休もう」
そう言って食べかけのカレーをカムリに渡す“J”。
「……これは?」
「ワタシには無理。コレはあなたの責任だから、食べて」
ため息をつきながら、残りのカレーを食べる。
舌を焼くほどの辛さが妙に心地良かった。
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