第14話 怒りの水たまり

――

 彼女は泣かない。少なくとも私は見たことがない。悲しみの感情を表現するときは決まって、怒りに変換していたのだ。

 小学校高学年の時の彼女は、とにかく体を使って怒りを表現していた。声を出さず、地面をけり、壁は机に拳をぶつけた。そんな彼女を、スクールカースト上位の女子、男子は面白がって見ていた。その時、彼女と一緒に被害を受けていた子がいた。

 璃穏が初めて人を殴ったあの教室にいた、宮添みやぞえ うたの。私たちの小学校時代からのクラスメイトで、友馬の幼馴染だった


――


 私は輝く炎を身に纏い、周囲を燃やす。闇を払い、あらゆる物質を燃やし尽くすその炎を私は制御し、璃穏へ攻撃を始めた。

 私の周囲に炎の弾丸を作り出し、璃穏に向けて撃ち始める。璃穏は闇の弾丸で応戦する。炎と闇の弾丸は衝突し、激しい衝撃波と共に爆散する。激しい力のぶつかり合いに空間が揺らぎ、洞窟が悲鳴を上げる。

 私は弾丸の雨の中を駆けだし、手に持ったその長剣を璃穏へと向ける。璃穏も2本の長剣を構えた。私は大きく振りかぶり、彼女に向かって振りかざす。璃穏はその攻撃を2本の長剣で受け止めた。周囲には激しい衝撃波が再び飛び交い、石が飛ぶ。

 私たちは怒鳴り込むこともなく、叫ぶこともなく、対話をすることもなく、ただ本気でぶつかった。長剣を振るうたびに私たちのフィールドは削られ、炎に包まれ闇に消える。

 私は炎を使って璃穏の足元を攻撃する。咄嗟に回避した彼女の頭上に炎で作った大剣を落した。璃穏は闇属性魔法でそれを防いだが、私はその隙に彼女の長剣を弾き飛ばした。追撃をしようとしたが、彼女はひらりと躱し、一度距離を取った。


「うん、いいね。やっぱり美火って何をしてもすごいよ。なんでも出来ちゃうんだから」

「璃穏は私のことを買いかぶりすぎだって! そうやって褒めても、私は嬉しくない。人を殺そうとするのを止めてくれるのなら、すっごくうれしいんだけどな」

「ううん、美火。それは絶対に無理。分かるでしょ。どれだけ私が怒りを覚えているのか。気づいてたんだから、分かるよね。泣いてたんだよ。その悲しみに比例して、怒りが水たまりのように溜まってたんだ。多分、うたのも気づいてたよ。私の怒りがどれだけ深いか、初めて私が人を殴った教室にいたあの子なら、同じ境遇を受けていたあの子なら知ってるはずだよ」

「そうかもね。私より、うたのの方が璃穏の苦しみは分かるかも。でも、私も考えることは出来るよ。絵が好きな璃穏が、絵を侮辱されて嫌な思いをしてるって、感じてたよ」

「じゃあ、なんで助けてくれなかったの?」

「……ごめん」

「謝ってほしいんじゃなくて、理由を聞いてるんだよ。別に構ってほしいとか、言葉を待ってたとか、そんなことはないけどさ。今そんなこと言うなら、なんでもっと早く行動に移してくれなかったの。美火は多分こう考えてたんだよね。『大変な想いをしてるかもしれないけど、璃穏なら大丈夫かも』ってさ。そんな強くない私を勝手に強者にしてたんでしょ」


 私は何も言い返せなくなる。真っ向から否定出来るほどの、言葉が見つからない。自分でも気づかない想いを、彼女に見透かされたようだった。


「……美火、これが私の今の状態だよ。美火に対してさえ、怒りをぶつけちゃうんだ。基本的な感情のベースが、怒りになってるんだよ。だからお願い、これ以上、怒りで苦しめないで」


 璃穏は右手に闇属性を集め、再び長剣を取り出した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る