第13話 怒りのトリガー

――

 璃穏は基本的に怒らない。だが人は完璧じゃない。彼女のキレるトリガーは確実に存在していた。少なくとも私はその一つを知っている。

 一番最初にそれを知ったのは小学校の時だった。放課後の時間、私と彼女は、他の女の子が残る教室に残って談笑していた。その時に彼女は机に向かい、絵を描いていた。小学生の描く絵は不完全なのは当たり前で、それでも私にとって彼女の絵はまさに神絵師のそれだった。事件はその時に起きた。

 私がトイレで席を外し、戻ってきた時にはすでにことは終わっていた。璃穏が興奮気味に拳を握っていて、彼女の目の前には別クラスの男の子が大泣きしながら尻餅をついていた。机を見ると、彼女が描いていたノートが、しわになっていたのが見えた。残っていた女の子に話を聞くと、別クラスの男の子が彼女のキャンバスを奪い取り、絵の悪口を言ったのだと言う。

悪口を言われた彼女は一瞬にして人が変わり、そのキャンバスを強引に奪い返し、殴ったのだった。

 私は彼女の顔を見る。その表情は、悲しみの中に怒りを宿していたのだった。

――


 四方八方から飛び交う闇属性の攻撃。獣の牙は地面をえぐり、鋭い嘴を持つ鳥たちは突き刺さる。真っ黒の砲弾は地面にぶつかり炸裂し、その衝撃波は辺りを巻き込んでいく。私は炎で作った簡易的な翼を使い、回避を続けながら、炎属性の魔法で牽制し、璃穏への攻撃を織り交ぜる。


 璃穏の戦闘能力は想像を超えていた。あたかもこの世界で生まれ、訓練をしてきたかのような滑らかな手際で魔法を駆使し、私を追い詰める。私は回避を続けながら少しの隙で攻撃をするほかに手はなかった。防戦一方となったものの末路は、体力を失い動きが鈍くなったところを仕留められる。私は攻撃的に襲い掛かる闇属性魔法に気を取られ、足元に発動されていた闇属性の蛇に気が付かなかった。私の脚にまとわりつき、動きを遮られる。その一瞬の隙を、彼女は見逃さず捉え、闇属性の拳を私の腹部へ撃ち込んだ。私は鈍い痛みと、今まで感じ事のない闇属性の不気味な感触をその身に感じながら、吹き飛んだのだった。


「いっつ……」

「ねえどうしたの。美火はこんなもんじゃないでしょ。あれほどレベル高い魔物の群れからあの村を守らせてきたんだから、こんな弱いはずないじゃん」

「守らせてきた? それ、どういう意味? 璃穏」

「言葉のままだよ。この魔物を引き寄せる魔法は私が発動したんだ」

「なんで、そんなこと……」

「美火に強くなってほしかったから。美火達があの村に着いたことは見ていて知ってたんだ。見張ってたからね。それで、美火にはこの世界での戦い方を身をもって学んでほしかった。だからあの村を魔物に襲わせれば、美火達は戦うだろうって考えて、その作戦を実行したんだよ」

「強くなってほしかったって、もしかして、璃穏と一緒にクラスメイト達を殺すために強くなってほしかったってことかな?」

「そうだよ。なのに、協力してくれないなんて、ショックだな。誰のおかげで魔物と戦える力を身に着けられたのか、考えてほしかったけど、でも私は褒められたくてそれをしたわけじゃないしさ」


 少しの沈黙が空間を支配する。彼女は本気で恨んでいるクラスメイトを殺したいのだと、実感する。そしてそのことに関して、本気で私に協力してほしかったのだ。


「璃穏……そこまで……」

「美火。美火が落ち込むことじゃないよ。遅かれ早かれ、どっちの世界だったとしても、いずれこうなってたよ。ただ、それがこっちの世界でなっただけ。だから、私を苦しめたあいつらはこの世界で殺す」

「……やっぱり璃穏には人殺しになってほしくないよ。だから、本気出して止めるからね」


 私は深呼吸をする。そして、自身を炎の卵に包み込む。璃穏は静かに私の行動を見ている。強い気持ちと集中力によってか、最も早い時間で私はその状態になった。

 6本の紅い翼が生え、手には朱い長剣を握り、体の奥底から湧き上がる勇気と力が、私の体を巡った。解放された力は衝撃波を生み、駆け抜ける。割脚はその有り余る力を使い、一気に間合いを詰め、剣を振るう。お互いの長剣が衝突し、そして戦いは次の段階へと進んだのだった。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る