本屋の音楽

うたた寝

第1話


 休日。彼は暇なので散歩がてら本屋へとやってきていた。特に目当ての本があるわけではない。もはや本屋のパトロールは習慣のようになっている。何か新しい本でも出てないかなー、っとジャンルを問わず、本屋の中をグルグル散策していると、

「おっ?」

 目ぼしい本を見つけた、のではない。店内に流れた歌に聞き覚えがあり、その足を止めたのである。

(何だっけな……、この歌……)

 少し前の歌であるが、一時期よく流れていた歌である。耳馴染みはとてもある歌なのだが、曲のタイトルが出てこない。少し聞いていれば思い出すかもな、とその場に立ち止まってしばらく聞いていたのだが、歌詞に聞き覚えこそあるのだが、曲のタイトルは依然出てこない。

(う~ん……)

 腕を組んで考えてはみるが出てくる気がしない。彼は諦めるようにボソッと、


「「何てタイトルだっけな……、これ……」」


「「………………ん?」」

 ボソッと呟いた彼の独り言が一言一句完全にハモった。え? 何? と彼が自分の声とは違う声が聞こえてきた方を見てみると、向こうも同じ気持ちだったらしく、目をパチクリとさせている女性と目が合った。見た目的に年齢も近そうだから、きっと世代的に一緒なのだろう。

 ハモったのがおかしかったらしく、彼女はクスッと笑った後、

「何てタイトルでしたっけね? これ」

「ねー。何かここまでは出かかってるんですけどねー……」

「ドラマの主題歌ですよね、これ」

「そうそう。ドラマのタイトルは分かるんだけどなぁ……」

「私もです」

 二人並んで『う~ん』と腕を組んで悩んでいると、流れていた歌がサビに入った。そしてそのサビの歌詞にガッツリと曲のタイトルが入っていた。

「「あ~っ!!」」

 イントロクイズであれば、まったく見応えの無いタイミングではあるが、お互いに今ので分かったらしく、お互いに指を指し合って『そうだそうだ』と言い合う。

『あ~、スッキリした』とそのまま解散しても良かったのだが、同じ曲のタイトルを考え合った者同士、親近感でも勝手に沸いたのか、

「よく来られるんですか? この本屋」

 普段であれば、まず間違いなく初対面の女性に話し掛けるなんてことはできないであろう彼は彼女に質問してみた。聞かれても、彼女も多少なりと親近感を覚えてくれているのか、質問に意外そうな顔はしつつも、拒絶することはなく素直に答えてくれる。

「よく、と言いますか、近くに映画館がありますので、映画の前後に来たりしますね」

「あー、映画館ってあそこの?」

「そうですそうです。行ったことあります?」

「つい最近行きましたね。先週の水曜かな?」

 水曜日は映画の料金が安かったりするので、彼は観たい映画があると有休を取って行ったりする。

「えっ?」

 先週の水曜、に反応したらしい彼女は、

「ち、ちなみに何を観られたんですか?」

「ん?」

 隠すことでも無いので映画のタイトルを伝えてみると、彼女は『えぇぇぇ~~~っ!?』と驚いた後、

「私もちょうどその日、その映画観ましたぁっ!!」

「えぇっ!? 嘘でしょっ!?」

「ホントですよっ! ホラぁっ!!」

 そう言って彼女が財布から差し出してきたのは、その日の映画の半券であった。まぁもちろん、嘘を吐く理由も無いわけなのだが、同じ日に同じ映画を観に行った、というのは本当の話らしい。

 それだけでもそこそこ珍しい話だと思うが、

「……これ、観た回も一緒だ」

「ホントですかっ!?」

「ええ、ほら……」

 彼も取ってあった半券を財布から出して見せてみる。2枚の半券の上映時間がピッタリ一致しているのである。同じ日、同じ映画館で、同じ時間に同じ映画を観ていたらしい。

 しかもだ。半券をお互い出し合って分かったのだが、

「「隣の席だっ!!」」

 チケットに記載されている席番号がお互い隣であった。ここまで一致しているとちょっと怖いまであるが、それ以上に、

「「ぷっ! あはははっ!!」」

 おかしくてお互い笑ってしまった。そんな偶然があるだろうか。しかも、そんな相手と偶然本屋で再会するだなんて。

「あー、おかしい」

 笑い過ぎて涙が出たらしい彼女は指で涙を拭ってから、

「何か不思議な縁があるのかもしれませんね、私たち」

「ですね」

 彼も笑い過ぎて乱れた息を整えながらそう答える。それからふと、彼女の手元を見てみる。本屋に来ているので不思議なことでもないが、彼女の手には本があった。

「それは……」

「どわっちょーっ!?」

 奇声を上げて本を上にぶん投げると、そのまま背後でキャッチして本を背中に隠す彼女。それから何事も無かったかのような顔をしてこちらを見てくる。いや、そこまでして隠すなら見なかったことにするが、別にそこまでして隠すようなものだろうか?

 チラっと見えた彼女が持っていた本。それは『手抜き』という文字が入った料理本であった。女性的にはやはり『手抜き』という文字が恥ずかしいものなのだろうか?

「僕も持ってますよ、その本」

「ホントですかぁっ!?」

 とことん変な縁がある二人である。いや、まぁ、観た映画も公開したばかりで有名なものだし、買おうとしている本も売れている本だから、そこまで縁に感じることでもないのかもしれないが。

 背中に隠した本をおずおずと前に持って来て表紙を見つめた後、彼女は彼の方をチラリと見ると、

「じゃあ、買うの止めようかな……」

 えっ? どういう意味? と彼がキョトンとしていると、

「次、たまたま会ったら貸してください」

「えっ? 次いつ会えるかも分からないのに常に持ち歩けと?」

 サラッと面倒くさいことを言ってくるものである。彼女は『えへへ』とずいぶん可愛らしく笑った後、

「じゃあ、また会えましたら」

 そう言って彼女は背中を向けて去って行った。あの本、レジに持って行くのだろうか? それとも本当に買わずに本棚に返しに行くのだろうか? 本、持ち歩かないとダメなのだろうか? 色々疑問はあるのだが、

 何か分かんないけどまた会えそうだな。

 根拠など何も無いが、彼はそんな風に思った。

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