朝霧つばさとの出会い

「諸星凪沙といいます!このたびは、あの、お声掛けいただいてありがとうございます!」


ガタンと立ち上がって、凪沙は頭を下げる。


「いいのよ、座って。」


観察するような視線を感じながら、凪沙はすとんと腰を下ろした。


「私は藤堂とうどう十和子とわこ。朝霧つばさのマネージャーです。来てくれてありがとう。」


向かい側に座った藤堂は、濃いアイメイクを施した目で凪沙を見た。


全体的に濃い化粧は一見派手に見えるが、不思議なほど浮かないスタイリッシュな女性だ。


年齢不詳の感が強いが、ベテランらしき風格があった。


鋭い、というよりも強いその視線を、凪沙はまっすぐに瞳に受けた。


「なぎささん、申し訳ないのだけれどマスクと帽子を取っていただける?」


「は、はい!」


凪沙がマスクと帽子を取ると、藤堂は足を組み変えて何やら考え込んだ。


声をかけるのもためらわれて、凪沙はふっと窓の外に目をやる。


ゆっくりと空を流れていくひつじ雲を眺めていると、ふいに藤堂が口を開いた。


「諸星さんは、顔を出さずに活動しているわよね?」


「え?あ、はい・・・。」


「今回のコラボで、顔出しするのは大丈夫?」


あ、それは・・・。凪沙の喉から、かすれた声がこぼれて消えた。


(そっか。そうだよね。考えてなかったなぁ。)


考えてみれば言われそうなことではあるのだが、つばさのことに気を取られて頭が回っていなかった。


コラボ企画の重みが急にのしかかって来るように感じた。


(それに私は、顔出しは・・・)


できません。そう答えようとしたとき、あたりを明るくするような声が凪沙の耳に届いた。


「なぎさちゃんだ!」


凪沙のすぐ隣に、いつもモニターに映っているアイドルがいた。


「なぎさちゃんでしょ?初めまして!あなたの歌、いつも聴いてるんだよ。」


そんな言葉とともに手を取られ、凪沙ははわわと顔を赤らめた。


間近で見るつばさの瞳はキラキラと輝いていて、パソコンの画面で見るよりさらにアイドルらしい。


トレードマークの黒髪のポニーテールがさらりと揺れて、つばさを中心に空気まで変わっていくように思えた。


「あの、私、つばさちゃんが大好きで!」


「知ってる。よくリプしてくれてるよね。」


ふふっと微笑んで、つばさはそう言った。


「つばさったら。社長とのお話は済んだの?」


見つめ合う二人の様子を眺めていた藤堂が訊ねる。


つばさは凪沙の手を放し、背筋をただして藤堂に向き直った。


「大丈夫です。なぎさと話していらっしゃいって、言ってくださったので。」


そうなのね。と藤堂が頷く。


「それでなぎさ、どう?」


「私は・・・。」


うつむいた凪沙に、つばさが不思議そうな視線を向けた。


「どうしたの?なぎさちゃん。」


凪沙は顔を上げてつばさを見て、それから藤堂に目を移す。


「すみません。顔出しは、できません。」


「そう。」


ふうっと息を吐き出して、藤堂は目を伏せた。


「そういうことだから、つばさ・・・」


まぶたを持ち上げて言いかけた藤堂の言葉を遮って、つばさが声を上げた。


「どうして?こんなに可愛いのに。」


え、と顔を上げた凪沙と、つばさの視線が相まった。


「あ、事情があるなら全然。無理にとは言わないんだけど。」


「いや、そういうわけじゃ」


揺らいだ凪沙の瞳をのぞき込むと、「んー」と声を出しながらつばさは人差し指を頬に当てて首をかしげた。


「そうだ!」


瞳をキラッと輝かせてポンと手をたたき、つばさは言った。


「私の一日マネージャーをしてもらうのはどうかな?」


ええっ、と凪沙と藤堂が同時に口元を押さえる。


「ふふっ、二人とも、おんなじ顔。あははっ。」


くすくす笑い始めたつばさが落ち着いてから、藤堂がつばさに言った。


「つばさあなた・・・本気なの?」


「もちろんです!」


藤堂は眉を八の字にして困り顔だ。


「ね、なぎさちゃん。一日、私にくれない?私あなたのこと、なんだかわかる気がするの。」


できないとはっきり答えてしまった手前、ここでまたやりたいというのは憚られる。

ためらった凪沙の心の奥を、輝くつばさの視線が照らし出した。


(ここで断ってしまえば終わり・・・だけど)


前向きなつばさの雰囲気につられて考えた未来に、凪沙の胸がドキドキした。


「私も、変われる・・・?」


ポロッとこぼれ出た言葉に、つばさがパッと顔を輝かせた。


「来てくれるの?」


「う、うん!」


つばさの目を真っ直ぐ見つめて、凪沙はそう答えた。


はあ~っとため息をついて、藤堂が口を開いた。


「わかったわ。調整はしておくから。凪沙、保護者の方の許可は得られるの?」


「はい、得られます。たぶん・・・」


「この書類に目を通して、サインをもらってきて頂戴。日取りは追って知らせるわ。」


「「ありがとうございます!」」


凪沙が思わず頭を下げると、隣で同じようにしたつばさと声が重なった。


どこからか、風が吹いている気がした。

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