三毛猫プロダクションへ
その日珍しく早起きした凪沙は、朝のニュースの星座占いを聞き流していた。
いつもおろしたままにしている腰までの銀髪をお団子にまとめようと奮闘している途中で、うお座の占いが流れる。
「今日の1位は・・・うお座です!新しいことにドンドン挑戦していくと運勢がさらにアップ!」
3月生まれの凪沙の星座はうお座だ。
凪沙はかすかに口角を上げた。
今日は久しぶりに近所のスーパー以外の場所に出かける。
気休めだが幸先がいいと思った。
髪をまとめきると、ぶかぶかのキャップを目深にかぶり、顔の半分を隠す大きめのマスクをつける。
黒い厚底スニーカーを履いて、白いトートバッグを肩にかけた凪沙は玄関前で立ち止まった。
「行ってきます。」
誰もいない部屋に声を掛ける。
ドアが開いたままのリビングは、凪沙がいつもしない動きをしたことでほんの少し散らかっていた。
バタンと外に出ると、広い青空にのどかなひつじ雲がいくつか浮かんでいる。
玄関の鍵を閉め、その鍵をスウェットワンピースのポケットに入れる。
そのままポケットに右手を突っ込んで鍵を弄びながら、エレベーターで12階から1階まで降りた。
凪沙の家があるマンションは駅に近い。
5分ほど緩い坂道を上ると、最寄り駅に着いた。
改札の前で切符を買う。
三毛猫プロダクションの本社まで、いくつかの電車を乗り継ぐ必要があった。
あの後、みけプロに電話を掛けた凪沙は朝霧つばさのマネージャーに繋がれ、つばさたっての希望でコラボのオファーが送られたことを知らされた。
しどろもどろで会話をつなぎ、その後のDMで今日の待ち合わせが決まったのだ。
久々の遠出で落ち着かない。
電車の長椅子に一人腰掛けた凪沙は、トートバッグを膝の上で抱えてあたりをキョロキョロと見渡した。
始発駅からということもあり、平日昼間の電車には一車両に二、三人パラパラと距離を取って座っているばかりだ。
(うん、でもやっぱり・・・お出かけ日和、だね。)
車窓から柔らかい太陽の光が差し込んでいる。
まだクーラーのついていない車内で汗ばんで、凪沙はキャップをそっと持ち上げた。
線路の高架が隣の道路と交差する。
アナウンスが入ってすぐ、凪沙は立ち上がった。
「ふう。」
地下鉄のホームに降りて、凪沙は深呼吸をした。
さっきまで凪沙が乗っていた電車に乗った人が多かったから、今ホームに残っている人はそこまで多くない。
かなり時間に余裕を持って出てきたものの、乗り継ぎの駅で切符購入を手間取ってしまったせいで予定の電車に乗れなかった。
凪沙はスマホの電源を入れて時間を確認し、すぐにまたトートバッグにしまった。
ポケットに入れていた手描きの地図を探り当て、確認しながら改札に続く階段を上る。
三毛猫プロダクションの本社は、この駅から歩いて十分くらいのはずだ。
「わあ~。こんなに都会なんだ。」
階段を上りきって外に出ると、凪沙は思わず歓声を上げた。
前後左右、地元には少ない洒落たビルに囲まれている。
「こっちか、いや、こうだな。」
手に持っていた地図をくるくる回して正しい方向に向けると、凪沙はゆっくりと歩き出す。
橋を一つ渡って、そのまままっすぐ行ったところに三毛猫プロダクションがあった。
周りのビルと同じようにきれいで都会的な黒色のビルだ。
出入り口のくぼみの左右には、よく手入れされた小さめの植木が置いてある。
自動ドアから少し離れたところに立って、凪沙は深呼吸した。
(大丈夫だよね。ちゃんと確認も取ったんだから…でももし、私の間違いだったらどうしよう。うう、緊張するよ…。)
しばらく躊躇して、凪沙は覚悟を決めて建物の中に入った。
ひんやりとした空調の風が流れ込んでくる。
「どうされましたか?」
ビルに入っておどおどしていると、白いブラウスの綺麗なお姉さんに声を掛けられた。
ビクッと飛び跳ねた心臓を落ち着かせながら、凪沙は答える。
「あ、あのっ、諸星凪沙といいます。つばさちゃん・・・朝霧つばささんのマネージャーさんと待ち合わせしているのですが!」
頬に片手を当てて首を傾げていたそのお姉さんは、凪沙の言葉を聞いてポンと手を叩いた。
「ああ、藤堂さんのお客さんね!ご案内しますよ。」
そう言って、お姉さんは左手のエレベーターのボタンを押す。
エレベーターを降り、お姉さん後についていく。
通されたのは、燦々と日の光の当たるカフェテラスだった。
(すごい!天井が高い!おしゃれだ・・・。)
そんな凪沙の感動を知ってか知らずか、お姉さんがこちらを向いてくすっと笑う。
窓のそばの四人がけの席に凪沙を座らせて、冷たい水のグラスを持ってきてくれた。
「ここで待っていて下さい。すぐにいらっしゃいますから。」
「はい!あの、ありがとうございました。」
「いえいえ、それでは。」
お姉さんは微笑みを浮かべて踵を返した。
(きれいな人だったなあ・・・そういえば、どこかで見たことがあるような・・・)
グラスに口をつけて、凪沙は思い返した。
しかし、凪沙の思考はそこで途切れた。
「あなたがなぎささんね。」
空気をピリッと引き締めるような声を聞いて、凪沙は跳ねるように顔を上げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます