歌い手なぎさのアイドル活動!~推しに推されてアイドルになりました~
ひかり
始まり
モニターの光だけが
本格的なヘッドフォンをつけて食い入るように見つめるそれには、歌って踊るアイドルユニットの姿が映し出されている。
とはいえ、凪沙の目が追いかけるのはそのうちのただ一人。
くるりとターンを決めたアイドルを見て、凪沙は呟いた。
「つばさちゃん・・・!」
キレのあるダイナミックなダンスに力強い歌声。
ポニーテールにした長い黒髪がブルーのスポットライトを受けて紺色に輝き、華やかさを増している。
Cメロに入って転調した瞬間、つばさの顔がアップで映し出される。
「きゃー!」
バッチリ決まったウインクに、凪沙は声にならない悲鳴を上げた。
何を隠そうこの諸星凪沙。
トップアイドル、朝霧つばさの大ファンなのである。
手元に置いていたスマホが不意に振動して、凪沙の集中は途切れた。
パッと光った画面が、SNSの通知を告げている。
「まったく、何よ。忙しいときに。」
動画の再生を一時停止して、凪沙は部屋の明かりをつける。
ちかちかする目を瞬かせながら通知の部分をタップすると、先程まで見ていた朝霧つばさの公式アカウントのアイコンが現れた。
「あれ、公式のお知らせじゃん。新曲発表とかかな~?」
公式アカウントの通知だと知った途端にニコニコし出す凪沙。
現金なものだという自覚はある。
「あれ、DM。」
封筒のマークをタップすると、「朝霧つばさ」からのメッセージだった。
「何これ、こんなことってあるの?」
横のベッドに仰向けになって、長文のメッセージを読み進める。
「ふむふむ、へえ。なるほど・・・?」
メッセージの内容は「歌い手、なぎさへのコラボ依頼」。
凪沙は「なぎさ」という名前で歌ってみた動画を投稿している歌い手である。
そのなぎさと、朝霧つばさとのコラボ曲を出したいというのだ。
それも、つばさたっての希望で。
読み終えた凪沙はスマホを持ち上げていた手を下ろして、そのまま天井を眺めた。
ぽすん、とスマホが掛け布団に着地する。
ぽかんと口を開けて、数秒ほどあほ面を呈する凪沙。
しばらくして我を取り戻すと、がばっとベッドから起き上がった。
「なぎさって・・・歌い手って・・・・・・間違いないの?私で、いいの?」
ぼんやりとした目で早口で呟く。
「え、ええええええ、は、え、え、はあああ!?」
頭の中でメッセージの意味を受け入れた瞬間、凪沙の口からひとりでに叫び声が漏れた。
「はあ、はあ・・・」
ひとしきり叫び終わって、凪沙はひっくり返ってベッドに顔を埋めた。
十分ほどそのままにしていると、徐々に感情も落ち着いてくる。
「そうだ、本当かどうかわからないよね。つばさちゃんのアカウントが乗っ取られてるのかも知れないし・・・そんなことはないと思いたいけど。」
むくりと起き上がって、凪沙は裸足のまま廊下に出た。
手探りで明かりをつけて、洗面所までゆっくりと歩く。
洗面台の端に置かれたコップから歯ブラシと歯磨き粉を取って、シャコシャコと歯を磨いた。
(そうだ、明日、つばさちゃんの事務所に電話をかけてみよう。なんだこいつって思われるかな・・・でも、このまま放っておく訳にもいかないもんね。)
部屋に戻った凪沙はパソコンの電源を落とし、そのままベッドにダイブした。
つばさへの憧れとメッセージが来たことの驚きが頭の中をぐるぐるループする。
(いやいや。だから、本当かどうかわからないじゃない。)
でも・・・と、凪沙は考えた。
もし、本当だったなら。
つばさと一緒に歌うという夢が叶う。
ゆっくりつばさと話せるかもしれない。
ぬか喜びしないようにと自分を戒めても感情はついていかず、結局同じことを考え続けるのだった。
「ふぁ・・・寝てたのか。」
凪沙が目を覚ますと、太陽は高く昇っていた。
おぼつかない足取りで部屋の扉を開け、寝間着のままリビングに向かう。
両親は既に仕事に行った後だ。
食パンを一枚袋から出して、焼かずにそのまま皿に載せる。
牛乳を用意して、ぱちんと手を合わせた。
「いただきます。」
平日午前のワイドショーを眺めながら食パンをもしゃもしゃと食べる。
(そうだ、後でみけプロの電話番号を調べないとなあ。)
三毛猫プロダクション、略してみけプロ。
朝霧つばさとその他の人気アイドルが多く所属する芸能事務所だ。
昨日のメッセージの真相を確かめるため、凪沙はみけプロに問い合わせようと決めていた。
(昨日、眠れちゃったな結局。まあそりゃそうか・・・。)
メッセージが本当であってほしいのかどうか、凪沙は自分でわからなかった。
この冴えない日常が壊れるのが怖いのか、むしろ壊れてほしいのか。
中学で不登校になって、高校は行かずにそのまま時間を潰す日々。
心のどこかで抜け出したいという気持ちがあって歌ってみた動画を作り始めもしたものの、あと一歩がずっと踏み出せずにいる。
(つばさちゃんとコラボしたところで、私自体は変わらないかもだけどね。)
「ごちそうさまでした。」
滔々と考えている間に、食パンはほとんど消費されていた。
最後の一欠片を飲み込み、凪沙は手を合わせた。
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