後悔のない選択

 彼の訃報を聞いた後、私はベッドにもぐりこんで泣いた。


 あまり泣くことのない私だけど、流石に無理だった。耐えられなかった。


「ああっ……なんで、なんで……っあ……」


 なんで優月くんみたいな人がこんな目に合わなくちゃいけないの?


 半年生きるって、言ったのに。


 昨日まで、普通にやり取りをしていたのに。


 自室のドアが開く音がして、すぐに閉じられる。


 私はそれから、しばらく泣き続けた。



 それから、私の引きこもりは加速した。


 ただでさえ家から出ないのに、食事やトイレに行くとき以外は自室からすらほとんど出ることが無くなった。


 彼の葬儀にも出なかった。


 彼が居ないということを意識したくなくて、メッセンジャーアプリも開かなくなった。


 ただただ、彼との日々を物語に落とし込むという作業をし続けた。


 けれど、自分のいじめが終わったあたりを書いている頃から、それは彼との日々の終わりを綴るものへと変化していて、私はまた涙が出て来た。


 彼の死から一週間が経ち、春休みも終わりを迎えようとしている。


 私がいつものようにスマホを開くと、メッセージの通知が来ていた。


 いつもならスライドしてすぐに消すのだけれど、今回ばかりは私もアプリを開かざるを得なかった。


「……嘘」


 死んだはずの彼からのメッセージ。


 彼がもう生きていないのはわかっているし、小説でよくある遺言の類だと思う。


 けど、彼の言葉がもう一度届くというのは、なんだかとてもうれしかった。



 桜井さんへ


 こういうのって、何を書いたらいいのかな?

 遺言?のようなものを書いてみたくて、下書きする気分でこれを書いているんだけど、場合によってはこれを見せることになっていると思う。

 親にそういったから、メールで送られてるよね?読みにくいだろうけど。


 あの屋上で話しかけてから、現時点で二カ月くらい。

 実のところ、そのときは助けたいって言うよりはただの興味本位な面もあったんだよね。

 あと、前話した”後悔のないように”。それが君と関わることだった。


 最初は、どうせ死ぬなら良い人で居たいという打算的な面が大きかったけれど、途中からは純粋に、君を助けたいという思いが強くなってた。

 最初こそ君は暗かったけれど、関わっていくうちに笑顔が少しづつ増えて、嬉しかった。こんな僕でも、笑わすことができるんだなって。

 いじめの解決方法は、もっと別のがあったろって今でも思うけどね。まあ、個人的な怒りかな?

 なんとなく、ダメージが大きそうなのを選んだ。

 それについては、ここで改めて謝る。ごめん


 君との会話は、リアルでも文面でも楽しかった。

 僕はあまり話すのが得意じゃないから、君が楽しかったかは少し不安があるけれど。

 くだらない会話ばかりだったように思うけれど、無駄な時間ほど面白いもの。

 今となっては、大切な思い出だけどね。


 書いてて段々恥ずかしくなってきたけれど、もっと恥ずかしいことを言わせてもらうよ。

 僕はいつからか、君のことが気になりだしたんだ。

 君は思っていた以上に明るくて。

 面白くて、強くて、可愛かった。

 そんなことを思っているうちに想っていて。

 ずっとこんな風に過ごせたら良いのになんて、そんなことを考えてしまって。

 恋愛なんてしたことがなかったからわからないけど、君のことが、好きになっていた。

 願わくば、君とずっと一緒に楽しめる世界線の僕がよかった。

 付き合いたいなんて、結ばれたいなんて言わない。

 君と話していたい。笑っていたいと思うんだ。

 君の笑顔は、素敵だから。


 世界は平等に、残酷だ。

 人である限り、いつかは死ぬ。

 それは明日かもしれない。

 だからこそ”選べ”、”後悔のない選択”をしろ

 未来は来るものじゃなくて、掴むもの。

 選ばない人とは、敵にも味方にもなれない。

 何かを捨てるからこそ、得られる覚悟がある。

 現に今、羞恥心と読みやすさを捨てて、伝えたいことを言葉にしている。なんてどうでもいいことは置いといて。


 僕は君に話しかけるという選択をした。

 僕は君を助けるという選択をした。

 僕はいじめっ子を貶めるという選択をした。

 君に、病気について話すという選択をした。

 君に、手紙を書くという選択をした。


 数々の選択によって、様々な√に分岐をして、今に至る。

 最高の選択はしなくていい。

 なんやかんやで、今のように君に告白なんてしちゃってる。


 笑って

 君の笑顔が好きだから

 強い君が好きだから


 ごめんね

 そしてありがとう


 君と過ごした二カ月間は、とても、幸せだったよ



「……」


 ずるい、ずるいよ。


 うれしかった。

 私も君に好かれていた。

 君に可愛いと言ってもらえた。

 幸せだったと言ってもらえた。


 そして、とても苦しかった。

 私も君が好きだった。

 直接君から言ってもらって、「私も」と返したかった。

 なんなら私から言っても良かった。

 直接、確かめ合いたかった。

 でも、彼は、もういない。


 ありがとう。

 私もちゃんと伝えたかった。

 何をしても、届かない。

 言いたいことは、沢山あるのに。


 笑え、私。

 彼が好きだと言ってくれた、その笑顔になれ。


 涙を拭って、顔を上げる。


 私は上手く、笑えてるのかな?


 今は居ない彼に、心の中でそう尋ねた。

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