第二章
いつも通り
いじめが終わっても、学校生活が大きく変わることはなかった。
授業を受けて、休み時間は本を読んでの繰り返し。
強いて言うなら、ぼーっとしているといつの間にか優月くんを目で追っているということがよく起こっていた。
私は目の前を通った人を目で追ってしまう癖があるのだけど、一人の人をずっと見てしまうことはあまりない。
多分私は、優月くんに対して特別な感情を抱いている。それが恋心なのかは、わからないけど。
優月くんや春奈ちゃんと話す時間は楽しくて、読書も私に落ち着きを与えてくれる。
あと、いじめられていた一ヶ月強顔を出していなかった部活にも、また顔を出すようになった。
かくして、私はのんびり学校生活を送るようになった。
この、“あたりまえ”が続くことが、幸せと言うやつなのかななんて、考えながら。
休日、お母さんと電車に乗って出掛けていたとき、たまたま駅で優月くんを見かけた。
その時は話しかけるということをしなかったけど、彼が休日に、それも一人ででかけるなんてイメージが全く沸かなかったから学校で聞いてみることにした。
休み明けに早速聞いてみると、優月くんはおもむろに目をそらして、もごもごと唸った。
隠し事とか嘘が苦手なのかななんて思いつつ反応を待っていると、「帰るときに話す」と返されて、その場はお開きとなった。
彼の反応を見て、言いにくいことなのはもちろん察した。
けれど、気になって仕方なかった。
なんというか、優月くんが心配だった。
放課後、私は部活を休んで、彼と並んで帰る。
しばらく黙って歩いていると、先に彼が切り出した。
「誰にも言わないでくれるか?」
ありきたりな言葉。私は勿論「言いふらしたりしないよ」と返す。
ほとんどの生徒は部活で、引退した三年生もまばら。聞かれる心配はない。
「僕さ、あの時病院行ってたんだよ。その駅の近くの、大きいところ」
「この前そういえば入院してたね。まだ悪いの?」
彼は、学校に来ていなかった一週間入院をしていた。
来てからは普通だったし、すぐに私の話になったからてっきり大丈夫なものだと思っていたけれど、そうじゃないのかもしれない。
そう考えると、自分のことじゃないのに、猛烈な不安を感じた。
「本当はこれ以上言う必要ないんだろうけど……隠すのもしんどいなぁ」
優月くんはそうこぼして、空を見上げた。
「悪いと言えば悪いんだな。怪我をしたら血が中々止まらない、そんな病気。骨髄移植とかしないと、そう長くないんだってさ」
すごいことを、さらっと言う。
信じたくなかった。
けど彼はいたって真面目で、それが現実のことであると伝わってくる。
「……ドナーは?」
「そう簡単に見つからないんじゃないかな」
私がなんとか絞り出した言葉も、当たり前のように否定された。
「そっか……」
言葉はもう浮かんでこなかった。
見て見ぬふりをしても誰も攻めれない、そんないじめを止めてくれた優しい人が、なんでこんな病気になっているのだろう。
世界はやっぱり、厳しいらしかった。
「暗い話になったな。ごめん」
「謝ることじゃないでしょ。聞いたの私だし」
「はは……ありがと」
もう一度静寂が訪れる。
長いようで短い時間が過ぎ、彼が呟いた。
「僕は、あと半年は生きるよ。きっと」
「……急にどうしたの」
あと半年しか生きれないということだったら、あまりにも短い。
「だから、その時間は大切にしたい。後悔の無いように生きたい」
「なんかわかる気がする」
自分も同じ立場に立ったら、きっと同じことを思うと思う。
「と言っても、いつも通り過ごすだけなんだけどな」
優月くんはそう言って、少しだけ笑った。
私も笑おうとしたけれど、うまく笑えていたのだろうか。
彼の笑いからは諦念の感情が滲み出ていて、なんだか悲しくなった。
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