獣道の先は

田山 凪

第1話

 雨降る森の中、道は二つに分かれていた。

 二つの道を交互に見てみるものの、私には違いがわからない。

 少しでも早く体にへばりつく衣服を脱いで体を拭き暖を取りたい。

 このどちらが町へ行く道なのか。

 私はじーっと見てどちらが最短の道かを考える。

 しかし、答えなど見つからない。

 なにせこの道を通ったことないのだからわかるはずもない。


 歩むしかないわけだ。

 この二つの道の決定的に共通する部分は、道が作られているならどこかへ続いているということ。

 判断材料はないのならどちらかに進むしかない。

 だがしかし、未知の道は私の判断能力を鈍らせ足を重くする。

 ここまで来た軽やかな足は、いまとなっては罪人の足のように自由が効かない。


 さて、このまま雨が降り続けるのなら私はそう長く立っていられないだろう。

 雨はあざ笑うがごとく降り続ける。

 立っているだけで体力がじわじわと削られていくのがわかる。

 人間というのものは止まって体温を奪われると動けなくなるのだ。

 そして、もう一度動くためにはそれ相応の時間がかかる。


 ふと、右を向いてみると森の中に私の身長ほどの高さがあり、大きな葉で雨をはじく謎の植物があった。あそこまでいけば雨宿りができる。だが、きっと地面は濡れていて居心地がいいものではないだろう。

 だが、とりあえずは休める。

 懸念すべきは雨がいつまで降るかだ。

 これがあと一時間程度で止むのならば、それもまた一つの選択。

 逆に雨が一日中降るのなら、それはじわじわと死へ近づく行為。

 

 私は、右の道を選んだ。

 それが正しいかなどわかるはずもない。

 ただ、歩むしかなかったのだ。


 右の道を歩いていると雨の音に交じって何やら獣がのどを鳴らす音が聞こえた。

 失敗した。

 こちらは獣道か。

 すでにどこかに獣がいる。

 声だけがわずかに聞こえる。

 私は走った。

 草が乱雑に揺れる音が聞こえさらに走った。

 へばりつく衣服が私の動きを止めようとし、降り続ける雨が目に入り視界を奪おうとするが、それでも走った。

 走って、走って、走り続けた。


 その時、何かにぶつかった。

 猟銃をもった体がしっかりとしたおじいさんだ。

 私はすぐに後ろを振り返る。

 だけどもう、獣は追いかけてきてなかった。


 そのおじいさんは親切にしてくれた。

 家にはおばあさんもいて私の姿をみてすぐに拭くものと自身の服を渡してくれた。

 体を拭き、借りた服に袖を通し、居間にもどるとおばあさんとおじいさんがにこやかな表情で「大変だったね」と言ってくれた。

 不思議と涙が出そうになった。


 おばあさんが作ってくれた温かい汁を飲み、漬物をいたただいて、お米も食べさせてもらって、私は勇気を出して一歩を踏み出してよかったと思った。


 あとからおじいさんから聞いた話だ。

 あの分かれた二つ道。左は町への近道。右は遠回りだった。

 私は獣道を選んでしまい運がないなと思ってしまったが、右の道は安全だという。

 左の道は近道だが獣の寝床が近く大量に獣が構えていたかもしれないのだ。

 ただ、向こうにも猟師がいた。

 私はどちらの道をいくかでひとしきり悩んでいたが、もっとも危ない選択は、あの場で雨宿りをすることだった。

 

 踏み出した先に何があるかわからないが、絶望だけが待っていることはあまりない。もし、左の道を選んでいても、偶然獣に見つからず、もしくは走って逃げきれたかもしれない。町が近いのなら助けを求めることもできただろう。


 でも、本当に左の道を選んでいたらこの人たちには出会えなかった。

 私はただ、この温かいごはんと巡り合いに感謝したい。

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