天国のかがり火
だが、鈴音のその言葉はパレードのアナウンスに紛れて幸寿の耳に入らなかった。
今、何を言ったんだろう?
聞き直したかったが、すでに鈴音は先頭が見えたパレードの方に夢中になっているようで軽く首を横に振るだけだった。
パレードは噂に違わぬきらびやかな物で、男性の幸寿もつい時間を忘れて見とれてしまう。
なるほど、これは子供や女性があれほど大騒ぎするわけだ。
鈴音も例外では無く、先ほどから一言も発すること無くパレードに視線を釘付けにしていた。これでいい。
鈴音も色々あっただろうがすべては過去のことだ。
これからは心のままに自由に生きるべきなのだ。
自分がその手助けをしていけたらいい。
密度の濃い一日を過ごした後、ホテルに戻った二人は夕食を食べると別々にお風呂に入り、ベッドに入った。
最初は別々のベッドの予定で、そのように取っていたのだが鈴音の強い要望で一緒に寝ることになった。
幸寿に過去の話をして以来、その当時の光景が浮かんで眠れなくなるらしい。
少し緊張したが鈴音の要望に添うことにした。
その後の事を考えて緊張したが、意外にも鈴音はすぐに静かな寝息を立て始めた。
よほど疲れていたのだろう。
幸寿は鈴音の寝顔をじっと見ていた。
そして自らもウトウトし始めたとき、突然携帯が振動し始めたので一気に覚醒した。
慌てて隣の鈴音を見たが背を向けて僅かに肩が上下している。
眠っているのだろう。マナーにしておいて良かった。
ホッとしながら携帯を見ると、見知らぬ番号からのSMSだった。
ギョッとしながら確認すると、短く一文が書かれていたがその内容に幸寿は心臓が跳ね上がるのを感じた。
「15日12時半 スカラコーヒーで 五郎丸」
五郎丸。いつも鈴音の横にいる初老の男。
鈴音の実験によって廃人同様になり、意思を持たず決まった言葉しか話さない男。
鈴音からはそのように聞いているし、嘘を言っている感じは無かった。
だが、その男が幸寿の携帯番号を調べ、自らメールまでよこしている。
しかもこんな謎めいた物を。
どういうことだ?そして何が言いたいんだ?
日にちは明後日。ちょうど帰ってきた翌日だ。
幸寿は鈴音の方をチラッと見たが、鈴音は姿勢を変えずぐっすり眠っているようで肩の動きも見られていない。
幸寿は急いで画面を消して、ベッドに入った。
だが、中々寝付けない。
先ほどのメールが気になっているのもだが、やはり隣の鈴音がそれ以上に気になってしまう。女性・・・正確には鈴音は男性なのだが、どう見ても異性にしか見えないため自然と緊張する。ましてや鈴音は女性として見た場合でも様々な面の魅力が飛び抜けている。
そのうち寝るのを諦めてぼんやりと天井を眺めていると、30分ほど経っただろうか、隣からぽつりと声が聞こえた。
「眠れないのですか?」
ギョッとして隣を見ると鈴音が幸寿の方をじっと見ている。
いつの間に。
内心焦りを感じながらも、なんとか平静を装って言った。
「中々ね。鈴音ちゃんはいつから起きてたの?」
「ついさっきです。昼間にあれだけ起きてたらいつもなら寝れるんですが、やっぱり楽しすぎて興奮してるみたいです」
幸寿はホッとしたのもあって、笑いながら言った。
「お互い考えることは同じだね」
鈴音も楽しそうに笑ったが、すぐに真剣な表情で言った。
「やっぱり本当だったんですね」
「え?」
「願い事です。ヨーロッパに旅してた時、そこの人から聞いたんです。流れ星が落ちるまでに願い事を言えるとそれは叶う、と」
「へぇ、日本と同じだね。流れ星が流れている間、3回願い事を言えると叶う、ってやつ」
「そうなんですね?私がそこで聞いたのは一度です。その地方では流れ星は『天国のかがり火』と呼ばれていて、神々が下界の様子を見るため天国の戸口を開けた時に漏れ出すかがり火が流れ星に見える、と言われているんです。その戸口が開いている間に願い事が言えると神様が聞いてくれる、って」
「素敵な話だね」
鈴音がそういった事を信じている事がかなり意外だったが、それだけに心に暖かい物が染み出すのを感じた。
「わたし、それを聞いて以来いつも流れ星を見るたびに同じ事をお願いしてたんです『あの毎日が戻りますように』って」
幸寿は言葉も無く頷いた。
鈴音にとってやはり康輔との日々は代えがたい物だったのだろう。
「神様は願い事を聞いてくれた。あの兄様との日々。あなたに会ってからどんどん戻って来る。きっとこれからももっと」
そう言うと鈴音は幸寿に抱きついた。
幸寿は鈴音が迷子の子供のように感じられ、思わず強く抱きしめた。
「僕で出来る限り。君の時間を取り戻したい」
それからしばらく鈴音は無言だったが、やがてぽつりと言った。
「幸寿様」
「何?」
「わたし、前に言いましたよね?覚えてます」
「何の言葉かな」
「『色々と後悔させません』と言ったことです」
そうだ。確かに鈴音はあの時、山の中で言ってた…
「ああ、覚えてるよ」
自分の心臓が激しくなっているのを感じながらつぶやく幸寿を、妖しさをたたえた瞳で見つめながら鈴音は言った。
「その証拠をお見せしますね」
そう言うと自らのパジャマのボタンを外し始めた。
「目を閉じて。あとは私にお任せを」
言われるままに目を閉じた幸寿に、鈴音は耳元でそっと囁いた。
「嬉しい。兄様」
兄様?それって…
だが、考えようとした最中に鈴音の唇の感触が胸元に感じられ、その心地良さにあの言葉への意識は消えた。
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