座敷牢
再び明治。金崎喜久雄の屋敷。
兄様の事だけはバレないようにしないと。
鈴音はそればかりが気になって周囲を思わず見回した。
兄様がまさかこの場にいないだろうか。
すると喜久雄は言った
「あの画家が気になるか?」
鈴音は血の気が一気に引くのを感じた。
そのまま倒れ込みそうになるのを辛うじて堪えると、何とか平静を保って喜久雄を見た。
「画家?ああ、あの美術の教師。あの詰まらない男がどうしたのですか?」
精一杯の虚勢を張ったつもりだったが、ほとんど意味をなさなかった。
「お前はそんな生き物になった途端にエラく間抜けになったものだな。カマをかけてみたらその態度で確信が持てた。お前、あの画家とどういう関係だ?」
鈴音は自らの間抜けさに言葉もなかった。
先程バレたばかりなのだ。
康介との関係に行き着いている可能性は少ないはずだったのに。
自分の愚かさで兄様を巻き込んでしまった。
鈴音はしばらく黙り込んでいたが、やがて平伏して叫ぶように言った。
「私はどうなっても構いません。あの人だけは…お願いします。私が誑かしたのです。嫌がるあの人を無理やり!私が無理に巻き込んだのです。あの方は最後まで嫌がっていました」
最後の方は殆んど泣き声が混ざっていたが、喜久雄はそれを聞くと軽く笑った。
それは嘲笑混じりのように聞こえた。
「そんな豪華な着物を来て。しかも女中の
話では週に何度も外に出ていたらしい。嫌がる相手とそんなに会うことが可能なのか?」
「私が…脅迫していました。私に付き合わないと父様に有ることないこと伝えて、二度とこの家に来れないようにしてやる、と」
喜久雄は退屈そうに溜息をつくと言った。
「まあ、どちらでも良い…所で、さっきどんなことでもする、と言ったな」
鈴音はその言葉にゾッとするような冷たい響きを感じたが、敢えてそれは考えないようにした。
「…はい」
「よし。ではたった今よりお前はこの金崎家には存在しない者になる」
この家を追い出される。
そう思い胸が高鳴った鈴音は次の喜久雄の言葉を聞き、耳を疑った。
「今からお前を地下の部屋に入れる。二度とそこから出ることは許さん。死ぬまでだ。もちろん誰と会うのも。それを聞くならアイツへの咎めはなしだ」
死ぬまで。
鈴音は耳に飛び込んだその言葉が信じられなかった。
二度と…死ぬまで。
目の前が真っ暗になり、震えが止まらなかった。
身体が妙に冷たい。寒い。
血液と言う血液が無くなってしまったようだった。
懸命に声を絞り出そうとしたその時、喜久雄の隣でずっと俯いていた由紀恵が突然声を出した。
「それだけは許して上げてください!この子は今までずっとこの家のために全てを捧げて来ました。せめて…せめて、この家から出すくらいに…」
母様…
鈴音は由紀恵が初めて喜久雄に意見するのを聞いた。
そして、あんなに取り乱している姿を見るのも始めてだった。
だが、鈴音がその時思ったのは「なぜもっと早くその姿を見せてくれなかったのか」と言うものだった。
由紀恵が自分を我が子だと思っていたのだと、この場で始めて気付いたが、それはもはやあまりに遅かった。
喜久雄は冷ややかに由紀恵を見ると言った。
「馬鹿かお前は。そんなことをしたら、この事がバレるかも知れんだろうが。金崎家からこんな化け物が出たことが。コイツは居なかった事にせねばならん。そんな事も分からんのか」
化け物…
その言葉は鈴音の心に楔のように食い込んだ。
私は…化け物。
呆然としていると、鈴音は突然両脇を掴まれた。
驚いて顔を上げると二人の男性が鈴音を捕まえ、引きずり始めた。
鈴音は恐怖に襲われ必死に叫んだ。
「助けて、誰か!母様!父様!」
何度も繰り返し叫んだが、何も聞こえていないかのように鈴音は地下の小部屋に引き摺られ、まるで物のように乱雑に投げ入れられた。
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