半身
ハッとして顔をあげると鈴音がじっと真っ直ぐ幸寿の目を見詰めていた。
「僕に……どうして欲しいんだ?」
「ここまで話して、このまま何もなかったように元には戻れません。それは分かってますよね?」
鈴音の抑揚のない冷たさの混じった言葉に幸寿はゾッとした。
もし彼女の言った事……自分は吸血鬼だ、と言う荒唐無稽な話が事実なら、確かに祖父以外で彼女の秘密を知る唯一の人間なのだ。
「僕は……君が吸血鬼だとは信じてない」
「それは信じられません。ならなぜあなたはまたここに来たんです? もしかしたら、と思ったから。その疑惑を否定したかったから来たんでしょう? もしあなたが私を吸血鬼だと思ってなかったなら、むしろ店には来なかったはずです。異常性癖を持つ人間と思って二度と訪れません。……ああ、回りくどいですね。どちらにせよ貴方の血を吸った時に覚悟を決めました。私を受け入れてくれるか、それとも……」
「それとも?」
幸寿は自分の口調が驚くほど震えてるのがわかった。
くそ、自分は信じられない程緊張している。
その時ふと、隣にジッと立っている祖父が目に入った。
何故この言葉が出たのかわからない。
何故そう思ったのかも。
ただ、本能的な違和感だった。
そして理解できない程軽率にその言葉を発した。
「この人は……本当に君の……」
そこまで言った所で幸寿の手を掴む鈴音の力が急激に強くなった。
その痛みに幸寿は思わず苦痛の声を上げた。
何て力だ。
「すいません。こんな追い詰める事をして。でも答えて欲しいです。私を受け入れて私の物になってくれますか? それとも……ただ、このままあなたを帰したら、何かの折に私のことを話すかも知れない。吸血鬼と言わなくとも『いきなり人の血を吸う異常者がいる』と。そうなると私は終わりです。私は血を吸う以外はただの人間なんです。そう、人間なんです。でも、そうはいかなくなる」
そこまで話したところで、幸寿の手を掴む鈴音の手が微かに震えているのを感じた。
「私はただ、生きているだけ。でも、死にたくない。死にたくない。あなたと会って、生きることに色が付いた。それまでただ、白と黒しかなかったのに……兄様にそっくりなあなたを見てあなたと話して。私はただの少女になれた。あの時みたいに兄様に甘える事が出来た。それを……奪わないで」
話しているうちに鈴音の両目から涙が溢れていた。
「勝手なのは分かってる。でも、私は何百年も一人ぼっちで生きてきた。身体も心も一人ぼっち。ただ、兄様との思い出だけにしがみついて。誰かを求めることがそんなに悪いの?」
兄様……
どんな人物でどんな関係があるのか分からないが、鈴音にとって心から大切な人物なのだろう。
それは充分に伝わってくる。
眼の前に居る鈴音は見た目相応の子供のように見えた。
寄る辺のなく心細さに震えている。
自惚れかもしれないが、自分に見捨てられるのを恐れているようにも見える。
この子は自分と同じだ。
無くした自分の心の半分を求めている。
みつかるはずのない半分を。
そう思っていた。
でも、もしかしたらお互いの半分に自分達はなりうるのかも知れない。
彼女が吸血鬼か異常者か、そんなことはどうでもいい。
自分達はお互い失った半身なんだ。
それで充分だ。
幸寿は返事の代わりに鈴音の手を強く握り返した。
驚いて顔を上げた鈴音に言った。
「僕からも聞きたい。君は僕と共に生きてくれるのか? 僕の心を埋めてくれるのかい? それなら僕も君と生きよう」
鈴音は呆然と幸寿を見つめていたが、やがて震える声で言った。
「……いいの?」
「ああ」
鈴音は静かに立ち上がると、そっと幸寿の隣に座った。
そして幸寿の首に手を回した。
「どうしよう。あなたの血が欲しい……いいですか? 嬉しくて……興奮する」
鈴音の熱に浮かされたような表情と潤んだ目を見て、幸寿は若干狼狽えたがすぐに頷いた。
自分はこの道を選んだんだ。
鈴音の顔が首元に近付いて来た。
幸寿は今度は驚かなかった。
首元の微かな痛みも、血を吸われる感触も今度はくすぐったさの混じる心地良さを感じていた。
「どうでした? 2度目の感じは?」
幸寿は鈴音の声で目が覚めた。
どうやら血を吸われた際に眠ってしまったらしい。
だが、顔に不思議な感触がある。
枕と思うがそれは妙に柔らかくて暖かい。
意識が覚醒すると、それは鈴音の膝だと気付き、すぐに起きようとした。
だが、目が回る感じがしてすぐに鈴音の膝に頭を戻した。
「無理しないで下さい。身体に問題無い程度の量ですが、吸う際に私の口から分泌される成分が相手にかなりの酩酊感を与えるようです」
そう言うと恥ずかしそうにポツリと言った。
「それに今回は興奮してしまって…少々吸いすぎました。ごめんなさい。なのでしばらくこのままで」
「有難う」
「それは私のセリフです。こんな私を受け入れて下さって……正直、あなたは逃げると思ってました。砂田さんには脅すような事を言ったけど、本当はもし逃げても追いかけないつもりでした。砂田さんに出会って暖かい気持ちをもらったから、それで終わるならそれもいいかなって。それに私は血を吸う以外は人間ですから、砂田さんにどうこうする力なんてないですし」
「もうその心配をする必要はない。僕は君のそばにいるよ」
鈴音はまた両目を潤ませると、いたずらっぽい笑顔で言った。
「何かさっきからまるでプロポーズみたいですね。そんな場でしたっけ?」
「い、いやそう言う訳じゃなく! そもそも君があんな言い方をするから」
慌てて起き上がろうとした幸寿はまた目眩を起こし、鈴音にもたれ掛かった。
「大丈夫ですよ。私は百歳越えてますから法律には触れないので」
鈴音はそう言うとクスクス笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます