第13話 決心(吉川観鈴)

 私は、彼の瞳を見つめ彼の発する言葉を一言一句逃さないようにと集中していた。


「今から言うことはあくまで僕の推測なんだけど…、まずは聞いてくれる?」

「うん。大丈夫」


 私は底知れぬ恐怖に体が震えていた。

 それに気づかれないように私はぐっと唇を噛んだ。


「恐らく、僕と君の住む時代は違うんじゃないかなって思う」

「えっ?やっぱり…。本当なの?でも、今だって、ほら、宮里さんの手をこうして握ることが出来ているのに…」


 彼は、私が取り乱すのをまるで分かっていたかのように、「大丈夫だよ」と言いながらもう片方の手で私の頭を優しくぽんと叩いた。


「君は僕より随分前の時代に住んでいるんだと思う。そして、僕は、君から見れば未来の時間を過ごしているんだ。だから、本来は会える事なんてできないんだよ。だけどこうして出会ってしまった…。神様がこれからどんな試練を僕らに与えるかは分からないけどそれを乗り切っていかなければ僕たちはただの他人のまま、自分の人生を終えることになる。そう思うんだ」


 彼は、まだ降りしきる雨を見ながらそう呟いた。


「宮里さんが住んでいる時代は何年なんですか?」


 私は思わず聞いてしまう。一体、私の住む時代より何年先なんだろう!?


「僕は、●〇〇●年に住んでるんだよ」

「えっ?聞こえないよ。もう一度言って!」

「ん?だから、〇●●〇年なんだけど…」


 肝心な年数の所だけが何かフィルターが掛かったようにぼやけた音になって聞こえない。


「えっと、君の時代は何年なんだい?」

「私は、〇●〇●年だよ」

「えっ?もう一度言ってもらえる?」

「〇●〇●年」


 彼は、「あーっ」と小さく声を発すると天を見上げた。


「そうか、肝心なことは分からないようになっているのか。あくまで、時間の歪みをこれ以上曲げないように、大きな力が働いているんだろうな」


 私は、彼の端正な横顔をずっと見つめていた。


「えっ?宮里さん?」


 さっきまで優しい温もりが私の手をすっぽりと包んでいたのに、彼の手の温もりが少しずつ消えていることに気がついた私は大声を出す。


「宮里さん、私は、鎌倉西町の4丁目の郵便局の前のアパートに住んでます。また、会いたい、会いたいです。どうやったら会えるの?宮里さん——!!!!」


 私が必死で叫んでいる間に彼はどんどん薄くなっていった。

 だが、消える瞬間、「また会えるよ。雨の日、雷鳴の響く日にまた…」と確かに言ったような気がした。



 それからどれだけの時間が経ったのだろう?

 あれだけ降っていた雨も小雨に代わり、西の空は少し明るくなって来ている。


 受付のお姉さんが、「あれ?もういいの?まだ30分位しか経って無いよ」と驚いている。私はもう何時間も居たような気がするが、一体どうなっているんだろう?


「じゃあ、これ。いつものように何か一言でいいから書いてね」


 渡されたノートは、VOL.3になっていた。

 私は、ノートを捲ると、ボールペンを動かす。


「また会えてうれしい。次はいつ会えるんだろう?でも、私はずっと待っています。貴方が来るまで… 観鈴」


 彼は、このメッセージを見つけてくれるだろうか?

 次は一体いつ会えるんだろう?

 横尾先生が言っていたことがまさにこれなのではないだろうか?


 もう、なんのことかさっぱりわかない。

 初めて好きになった人が未来に住んでいる人だなんて…。

 

 これから私は苦しい恋に向かって歩いていくのだろう。

 だけど、負けない…。彼のあの優しい笑顔が見られるのであれば、私はなんにだって我慢出来る…。


 「宮里さん…」


 いつも近くにいてくれたらどれだけ幸せな気分になるんだろうか…。

 時間の歪みがここ妙邦寺で起きているとして、あとどれだけ続くのだろうか?もう、二度と彼に会えなくなるってことも起きるのだろうか?


 さっき強く決心したはずなのに急に弱い自分が現れる…。

 

「怖い、怖いよ…」


 私は、そのノートを閉じると今にもこぼれ落ちそうな涙を堪えながら妙邦寺を後にした。


 




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