第7話 タイプリープ(吉川観鈴)
今日も、私の一日が始まる。
駅から学校に向かう坂道で、途中何度か振り返るとそこには青い海が見える…。
雲間から漏れた光が水面に射すと少し濃い青色が綺麗な水色に変わっていく。
なんて素敵な情景なんだろう。
今、私が見ているまま、スケッチブックに描くことが出来ればいいのに…。
最近の私は絵を描くことに集中出来ていない。
その理由はわかっているけれど…。
校門を入るところで、目の前を歩く女性を見つけた私は、駆け寄って挨拶をする。
「横尾先生、おはようございます」
「おはよう。吉川さん、今日も早いわね。ほんと無理しちゃ駄目よ」
「いえ。大丈夫です。横尾先生こそいつもこんなに早く来られて…。凄いです」
「違うのよ。私はほら、子どもを保育所に連れて行ってから学校に来てるだけよ。それでたまたまこの時間になるって訳」
「もう2歳でしたっけ?で、どちらに似てるんですか?」
「それがね〜。私に似たら良かったのだけど、生憎主人似なんだよね〜。女の子なのに…ふふっ」
「でも、きっと凄く可愛いんでしょうね。今度、会わせて下さいね」
そんな会話をしていたら、あっという間に職員室に着いてしまった。
私は、横尾先生に「では、またお昼休みに!」と言うと一旦席に荷物を降ろす。そして、すぐにお茶の準備をしに給湯室に向かった。
先月、妙邦寺であったことを横尾先生に言ってみようか…そんなことを考えながらマグカップを水でさっと
あの日からあの『みやざとさくら』と名乗った男性の事が忘れられない…。
きっととてもいい人なんだろうなと思う。彼からはこれまで見たことがないような優しいオーラがでていたような気がする…。
これが一目惚れというものなのだろうか?
私には絶対に恋愛なんて出来ないって決めつけていたけど、こんなに熱い気持ちが自分の中にあるって事がわかって嬉しく思うし、そして大事にしたいとも思っていた。
そして、昼休み……
「横尾先生、ちょっと聞いて貰っても良いですか?」
「えーなになに?そんなにかしこまっちゃって。もしかして、恋バナとか?」
「実は、この前……」
私は、横尾先生に、妙邦寺で起きた出来事を一つずつ丁寧に話していく。最初は、「へ〜!ロマンチックじゃない〜」なんて茶化していた先生も、彼が急に消えたこと、そして、彼が妙邦寺のノートに記してきた内容を聞くと真剣な顔になっていた。
「あのね、吉川さん。私、ちょっと思い当たることがあるのよ」
横尾先生は、一層真剣な眼差しを私に向けた。
「恐らく…、貴方、過去か未来にタイムリープしたんだと思う」
「えっ?タ、イム…リープ…!?」
「そう。時間を跳ぶことをそう言うのよ。貴方もタイムトラベルを題材とした小説とか読んだことあるでしょ?それと同じことが貴方に起きたと考えれば、今話してくれた事は全て説明が付くと思うわ」
余りにも突然すぎて、どう理解すればいいのか…。
私は必死で考える。だけど答えなどなにも出るわけがない。
本当にそんなことがあるのだろうか?まさか、私を怖がらせて「なんちゃって」なんて茶化すのではないだろうか?
でも、横尾先生はそんな人ではない…。
「やっぱり、到底信じられないよね!?」
「い、いえ…。余りにも突然でちょっと理解が…」
「まあ、そうよね。普通、こんなことを突然聞いても信じられる訳ないもの」そう言いながら、横尾先生は、声のトーンを落として私に優しく語りかけた。
「私が子どもの頃ね、よく一緒に遊んでいた知佳ちゃんという子がいたんだけど。実は、知佳ちゃん…、神隠しに遭ったのよ。そう、ちょうど妙邦寺でかくれんぼをしていた時に…」
「えっ?」と驚く私を横尾先生は、「まあ、最後まで聞いて」と諫め、遠い目をして昔を思い出している…。
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「あれは、子供会の行事だったと思うわ。総勢20人位の子ども達が妙邦寺に集まって、草むしりをしてたのよ。勿論、保護者も沢山いてね。暫くみんな頑張って草むしりしていたのだけど、ある時からみんなでかくれんぼしようってことになってね。だって、山にあるお寺だもん。隠れるところが沢山あるんだから、鬼ごっこには最適じゃない?確かに鬼は大変だったけどすごく楽しかったな。そう、実は、私、じゃんけんで負けちゃってね、三人の鬼の内の一人だったのよ。でも、三人の鬼のチームワークがとても良くてね、一人二人と次々と捕まえていったのだけど…。だけど…、どうしても最後の一人、そう知佳ちゃんだけが見つからなかった…」
「で、でも…、どこか、誰もわからない所にいただけとかではないんですか?」
私はまだ、この奇想天外な話を信じられずにいた。
「うん。勿論、付き添いの保護者達もそう考えてね、すぐに見つかるよなんて言ってたのだけど、結局、何度探しても見つからなくてね…。そして、ついには消防団や警察まで参加して百人態勢で妙邦寺を隅々までチェックしていったのよ。だけど、知佳ちゃんは見つからなかった…」
「えっ、見つからなかった…んですか!?」
「そう……。次の日の新聞にでかでかと載ったわ。誘拐事件か、神隠しか?なんて見出しでね。だけど、その三日後、突然、知佳ちゃんは現れたのよ。妙邦寺の境内の中の洞窟に…」
大きな塊が私の心を襲ってくるような気がして、私はぐっと唇を強く噛む。
「大丈夫?吉川さん…」
横尾先生は、心配そうな表情で私をみている。
「は、い…」
私は、自分が震えていることに漸く気がついた。
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