第11話

「まず、名前と職業を述べてください」


「ローズ・ウェストと申します。現在は花屋を経営しています」


 ローズという女性が証言している間もレンは呆然と立ち尽くしていた。

 キリッとした目元、ふっくらとした唇。短かった茶髪が今では長くなったが、裏切った人間をレンが見間違うはずがない。

 ミア・アドラーとして名乗った時に同じ部屋で苦楽を共に分かち合ったルームメイトのことを。


「被告人とは、どういう関係でしたか」


「はい、お金に困っていた頃に彼女とは同じ部屋をシェアしたことがあった仲です。けどある日、彼女とは仲違いして部屋を追い出したいがために彼女に酷いことをして……。それ以来ずっと彼女にお詫びしたかったんです」


「それは何年前のことなんですか」


「多分……3年前のことなんでしょうか」


「その時の被告人は、どんな様子でしたか」


「はい。とても礼儀正しくて気遣いができて、それでいて何でもそつなくこなせる……私の自慢のルームメイトです」


 側から見ると、これはただの友達自慢でしか聞こえないだろう。しかしこの証言一つでどんな意味を持つのか、当事者の二人しか知らない。

 例えこれがレンを弁護するための嘘だったとしても、本人は救われたのだ。

 あの夜以来3年間、堅く心を閉ざしていたレンは再び人を信じてもいいのだと。人の人たる矜持を汚さず、もう二度と一人で歩んでいかなくてもいいのだと。


「――あれ」


 懸命に堪えていた雫が溢れ、一筋零れ。


「な、なんで……」


 他人に見せまいと俯くレン。今まで我慢していた孤独の分が一気に胸中に押し寄せ、涙が止め処なくぽろぽろと零れ落ちていく――。


 やがてローズの証人尋問が終え、フリントは傍聴席に向かって「では」と前置きをする。


「ここにいる皆様が被告人の人となりをよく知れたことで、改めて問いたい。確かにシダの花は我々が脅かされる原因であり、全ての元凶だ。だけど、どうして我々は天使が悪だと決め付けたんでしょう」


 質問に返ってくる声はない。想定内の反応に思わず笑いそうになるところでグッと堪える。もっとも、王都内で彼の質問に答えられる人物はいないだろう。

 それこそ、神様でもない限り。


「教会が吹聴した物語一つで、多くの犠牲者を生んだ。例え彼らがどんな言い訳をしてもこれは紛れもない事実だ。では、教会が作った物語の根拠はどこから来たのか。それは本日最後の証人に証言してもらうとしよう」


 公開裁判はいつしかフリントの独壇場に変えたが、気にならないとばかりに傍聴者の皆が前のめりになっていた。

 

「では、名前と職業を。そして所属する部隊のことを簡単に紹介してください」


「災害対策特別部隊に所属、聖騎士の大和めぐみと言います。我々の目的は、シダの花による災害の原因究明及びその対策をすることです」


 本日聖騎士三人目の登場にざわめき出す傍聴者。構わず、尋問を続けるフリント。


「シダの花に関して、何か重要な情報を見つかりましたか」


「はい。先日、我々はある情報を入手しました」


 そこまで言っためぐみは、隣の下級騎士に視線を送った。ハッと下級騎士が手に持っていた石板を傍聴席に見せるように高らかに掲げる。


「これは、ある言い伝えのことが書かれた文献です。ご覧の通り、この文献にある文字は古代文字であるため、我々は解読するのに苦労しました。幸い、解読できる有志の助力のおかげで、ある事実が浮かびました」


 ちらほら上がった感嘆の声を聞いて、フリントは安堵した。

 この街は、既に変わる準備をできているということを。まだまだ前進の余地があるということを。


「その者によると、この文献に書かれた内容は世界の創造に関するものでした。そして彼によると、教会が触れ回っていた言い伝えの一部はここから来るものだと推定しました。一部しか伝わっていないのが意図的だったのかどうかはまだ不明ですが」


「なんて書かれましたか」


 流れで語り部の役を引き受けためぐみは、翻訳されたものを語り出す。


『神様は世界を創造した後、結婚祝いとして世界をあるカップルに託しました。「この世界はもう君たちのモノだ」、と神様は一輪の花を取り出しました。


「もしこの世界を気に入らなかったら、この花で世界をリセットしてしまいなさい」


 そう言い残して、神様は世界を去りました。カップルは白と碧の二色が混ざり合った花のことを、シダの花と名付けました。

 その花を大事なところにしまった後、天使と悪魔は世界を遊び尽くしました。しかし彼らは知らず知らず、あるミスを犯しました――』


 物語がいよいよ佳境に入ったところで、


「解析は以上となります」


 とんでもない仕打ちに溢れる失望の声。構わず、証言を続けるめぐみ。


「確かに序盤の部分しか進んでいませんが、一つ新たな事実が発覚しました。それは、第三者・悪魔の存在です。我々が思うに、この悪魔もシダの花に関与していたのではないかと疑っています」


 次第にざわつく傍聴席をよそに、フリントは間髪入れず言葉を継ぐ。


「我々の世界がこんな事態にまで追い込まれた犯人は天使かもしれない。或いは第三者の悪魔かもしれない。しかし本裁判は被告人が天使を判明するためのものであり、言い伝えの議論をする場ではありません。裁判長、どうかご英断を」


「うむ……」


 考えに沈み込む裁判長の様子に会場は一瞬で静かになり、緊張の糸が瞬く間に辺りを張り詰めた。

 胃が幾つあっても足りないのは正しくこのことだろう、とフリントは思う。圧迫感にじわりじわりと押し付けられて息苦しさすら感じる。

 手応えはさておき、彼らはやれることはやった。これは仕組まれたものとは言え、やはり一抹の不安があるだろう。心臓の音がうるさくて、判決が聞けるのかどうかと心配になってきた。


 長い熟考の末、裁判長がようやく顔を上げる。


「現時点で、被告人が天使を判明するには証拠が不足している。それに、言い伝えの解読で第三者の関与が明るみに出た。よって被告人、レン・アシュフォードは――無罪である!」


 ガベルの叩く音が響き渡り、どっと歓声が湧き上がった。

 先程レンに石を投げた連中だって今や彼女を祝福しているのだ。それだけ、大衆は彼らが作り上げた虚構を高く買っているだろう。

 確証欲しさに、フリントはレンの方に振り向く。大きく見開かれた碧い双眸を見て、彼もまた安堵した。


「本日の審理はこれにて終了!」


 再びガベルの叩く音が鳴り、大歓声の中で公開裁判が閉廷となる。

 今でも泣きそうな彼女に「俺たちはやったぞ」と力強く頷くと、レンも破顔した。その拍子で目尻に溜まっていた涙が頬を濡らしたが、それでも構わないとばかりに彼女は顔いっぱいに広げる様は、実に美しかった。

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