第10話
天使の疑いに掛けられた少女の弁護をするのは聖騎士だと紹介され、傍聴者がざわつく。けれど、それはある人物の登場によって瞬く間に上書きされた。
「弁護側は証人、ユージェニシア国第4代国王・リチャード3世を召喚する」
日常的に玉座から見下ろすような人間が、初めて証言台に立たされたのだ。絶対的にトップに立つ者の立場が覆された歴史的な瞬間に、傍聴者の開いた口が塞がらない。
しかし天使を目撃したと主張した唯一の目撃者は、国王陛下お一人のみ。聞かないわけがない。やがて、弁護人が尋問をする時が来た。
「それは、何時頃のことですか」
「さあ……結構酔ってたからねえ。恐らく夜辺りだと思うなぁ」
「では、具体的な時間を覚えてますか」
「うーん。さあ……多分9時か10時からじゃない? 夜と言ったらさあ」
「その後、何をされましたか」
「その後は彼女を捕まえるために大声で衛兵を呼んで、それから部屋に戻って寝たねえ」
「目撃したのは被告人で間違いはありませんか」
「さあ……あの時は結構酔っていてねえ。彼女の可能性もあるし、彼女ではなかったの可能性もあるからねえ」
傍聴者から失望の声が上がり、不満を露わにする者だって続出した。それもそのはずだ。幾ら国王の言葉とは言えど、最初からアバウトなことしか言わないようでは話にならない。
もっとも、こういった問題は日常的に起こっているのでは、不満を言う筋合いはないはずだ。告発一つで人の命を、またはその親族の気持ちを弄んだ彼らが。
「どうして被告人の部屋に入ろうと思いました?」
「やだなあ。男が夜で女の部屋に入ってやることが一つしかないと思うけど。ああ、そうか。だから未だに彼女ができないんだよねえ、フリントは」
(無視するんだ、無視するんだ、無視するんだ)
幾らリハーサル通りだとは言え、ムカつかないわけがない。いけ好かない含み笑いの挑発に反応せぬよう、苛立ちを抑えるフリント。
「どうして被告人を天使として告発しようと思ったでしょうか」
「さあ……どうしてでしょうねえ」
赤銅色のキツネ目が細められ、不満の声が更に高まった。「理不尽だ」といった非難から「あの娘が可哀想」といった同情まで様々だ。
目先の利益のために根拠のない告発を行う――この問題はユージェニシア国の深いところに根付いていた、一種の癌のようなものだ。
これを浮き彫りにしたことで、市民たちによく考えてから他人を告発することが重要であることを再認識してもらいたい。そんなフリントの第二目的はこの時点で既に達成したと言えよう。
「恐れ入りますが、あの夜、陛下は本当に被告人を目撃したでしょうか」
「ほう? お前の国王の言葉が聞けないと、これから謀反を起こすよーと宣言のつもりかね、フリント」
「いえ、決してそういうわけでは……。この絵を見てください」
どこらともなくある女性のポートレートを取り出すフリント。全く心当たりがないとばかりにレンは首を傾げた。対して、国王は値踏みするかのように「ふむふむ」と顎を撫で回す。
「実にいい絵だねえ。これは?」
「ご覧の通り、絵の中の人物は被告人だ」
「――え」
不可解なものでも見る目から驚きの一転。よく見れば確かに、絵の中の人物は城にいた時の自分だ。繊細な筆捌きで表情や衣装の細部まで精緻に描かられた、まさしく芸術品と呼ぶのに相応しい逸品。
けれど、彼女は絵のモデルをやったことがなければ、誰かに絵を描いてもらったこともなかった。そもそもあの女好きとして有名な国王が絵を描くなんて崇高な趣味をお持ちだとは思えない。
まさか、と閃いた推測に納得して恐れおののくレン。
デタラメの証言で聴衆を味方に付け、不利な証言を黙殺し、必要な証拠を捏造するフリントたちのやり方に。何より、自分のためにこんな大胆な嘘をつけさせた自分自身に。
「だけど、それを深掘りする前にここで新たな証人を召喚したい」
「許可する」
次に召喚されたのは、国王の側近・フランスワースという男性である。
四六時中国王の傍に控えるのが仕事の彼なら、当日の国王の夕食後の行動を証言できるという目論見で彼を証言台に立たせた。
「夜9時から11時の間、陛下が私室でお酒をお飲みになられながら絵をお描きなられました」
「それ以降、彼は何をしましたか」
「はい、大分お酔いになられたようなのでワタシは就寝するよう勧めましたが、無視されて、ふらふらと部屋を出て行きました。その後、ワタシは絵の具を片付いていたので陛下のお傍にいません」
「片付いている最中に何か異変とかはありましたか」
「はい。暫くすると陛下の叫びが聞こえました。ただし、何をお叫びになられたかまでは分かりません。酔いでお口が回られておりませんので。けど、騎士たちの足音がお部屋まで聞こえましたので、様子見に行きました」
「その後、何を見ましたか」
「気持ちよく叫ばれた後、ぐっすりお眠りになられた陛下と、何故か被告人が捕まったところを見ました」
「その時の被告人の様子は、我々の知る『天使』でしたか」
「いいえ、どこでもいるような少女です」
国王の証言が崩された途端、それと同時に怒りが抑えられなくなった一部の傍聴者が騒ぎ立て始めた。「静粛に!」と裁判長が何度もガベルを叩き、なんとか場を抑えた。
ここまでは計画通り――次の段階に移るために後ろに振り向いた時、丁度レンの顔が視界に入った。
当初のポーカーフェイスが見る見る内に消えていって、代わりに驚愕が姿を現す。彼らの嘘が通用するとは思わなかったとでも言いたげな様子だ。
これで、本来の目的が達成した。とは言え、まだ気を緩める時ではない。フリントは深呼吸一つ置いてから、次の証人たちを召喚した。
一人用の証言台に四人が一列に並んでいるところを見て、レンの丸まった碧眼が更に丸くなった。
「王宮に滞在した時の被告の様子は、どんな様子でしたか」
「はい、メイドのあたしにも優しく接してくださったいい方です。不慣れな王宮暮らしに慣らそうと努力する、ひたむきな姿に惹かれました。もしもう一度彼女の下で仕える機会が訪れるようでしたら、喜んでお仕えさせて頂きます」
「仕事した時の被告の様子は、どんな様子でしたか」
「真面目で接客も丁寧で、仲間思いなウチの自慢の看板娘でしたよ。あ、もしエントロヒッツにお越しになった際に、是――」
「とても真面目で器用で、そんでもって誰よりも仕事熱心で常に客のことを第一に考える、尊敬に値する同僚だ。後はそうだな……文句の一つも言ったことは見たことがないな。まあ要するに、とてもいい子だってことだ。時々、彼女を見てて心配になるけどな」
「看板娘の鑑と言っても過言ではない、本当に素晴らしいウェイトレスだった。なんと言ったって、あの笑顔だ! レンちゃんの笑顔を見るだけで日々の疲れが取れて、こう癒されるものがあるんだ。
オレら常連からすれば、あの笑顔はまさしくてん、てん……天から授かれし祝福のようなものだ。ほら、この髪をよく見てみろ。彼女の笑顔が見れていない間、こんなにも禿げたんだぜ? これを神の恩恵を呼ばずにして何と呼ぶべきだ」
国王陛下が直々に考えた
名前のセンスはさておくとして、フリントもこの案に大賛成だったので採用した。
もっとも、当初は一番難航すると予想した『レンの知人に協力を仰ぐ』の段階が最速でクリアできたのだ。それだけでレンの人望が厚いと言えるだろう。
幾つかの証言が盛られた気もしなくはないが、傍聴席が被告に同情し始めたんだ。一先ず良しとしよう。
王宮勤めのメイド・クリス。パブの同僚代表・ザック。上司であるパブのマスター。そして、常連客代表の聖騎士・アキラ。彼らに証言してもらったとのことで、いよいよ次の証人を呼ぶ時だ。
「ここで新たな証人を召喚したい。彼女なら昔の被告人の様子を証言してくれると思います」
「うむ、許可する」
裁判長の承認を得て、茶髪の女性が証言台に立つ。
昔の自分を証言してくれる人間って一体誰なんだろう。と、レンはチラリと見やると――。
「――えっ」
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